【映画レビュー】『帰れない二人』は愛ではなく情を描いた物語である

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(by こばやしななこ

好きな作品が1つ増えた。今から書くのはその映画についてだ。映画について書くたびに思うことだけれど、今から紡ぐ私の言葉はちゃんと読む人に作品の魅力を感じさせられるだろうか。ドキドキして、キーボードの上を指が彷徨う。勇気を出して書き始めてみるので、しばし耳を(目を)貸してもらえませんか。

中国の巨匠、ジャ・ジャンクー監督の最新作『帰れない二人』には面白さと、可笑しさと、哀しさが溢れていた。

舞台は中国。2001年、その5年後の2006年、そして2018年と3つのパートに分かれている。

まず2001年のパート。
主人公のチャオは20代の女、雀荘を仕切るヤクザ者の男ビンの恋人だ。ヤクザ者ということを表す表現として字幕では“渡世人(とせいにん)”という表現が使われている。ビンやその仲間と常に行動を共にするチャオ自身も、渡世人だ。

序盤のシーンからビンが拳銃を持っていることが示され、そのあと知人が殺害された情報が入り、更にストーリーはどんどん不穏さを増す。そして遂に、二人の運命を別つある事件が起きる。おぉ、フィルムノワール!

しかし、この映画では緊張感のあるシーンがあると次は必ず、シュールな展開が待ち受けている。緊迫して画面に見入っていると不意に「!?」と戸惑う。緊張は解け、ちょっと笑ってしまう。

強面の渡世人がディスコで踊る少しヘンテコなダンス(曲はYMCA)、そこで踊るのか!というタイミングで踊られる社交ダンス、そこで流れるのか!というタイミングで流れるサリーイップの『浅酔一生』、と思わずニヤけるシーンは多い。

緊張感と可笑しさに心を忙しくしていると、あっという間にこのパートは終わる。

第2のパートはそれから5年後のこと。
チャオは、事件以来5年間ぶりにビンに会いに行く。ビンに会う前一波乱も二波乱もあったが、どうにかビンの元まで辿り着いたチャオ。彼女はビンに告げる。
「一緒に帰ろう」
ビンの返事は、
「このままでは帰れない」

えっ、遥々ここまで来たのに一緒に帰れないの?なんで?辛い。

この胸の締め付けられるシーンから画面が変わり、次に映し出されたのは、例の“シュールで可笑しい”映像だ。それまでチャオに感情移入していた私、キョトン。

しかし、すぐにこれは、チャオの哀しみが表現されたシーンだと分かる。と同時に、哀しくて涙が出そうになる。「切ない……」と「なんだこれ……」がダブルでドーン。そう、この作品はただの笑いどころの多い映画ではない。

そして第3のパート。
2018年大同、チャオとビンは再び出会う。女手一つ、故郷に戻り渡世人としてやってきた女チャオと、「帰れない」と都会に残った挙句、上手くいかなかった男ビン。チャオはビンに手を差し伸べる。このパートが一番心に沁みた。シュールなラストカットも切ない。再び、シュールさと哀しみがダブルでドーンだ。

この映画はしばしば、「不滅の愛」「ラブストーリーの傑作」「深い愛」と“愛”の単語を使って表現されている。

これらの表現は私が感じたニュアンスと少し違う。男女に愛という言葉を使うと、普通、性愛の匂いがしないか?

この映画にはチャオとビンのSEXシーンはない。それを暗示するシーン、二人のキスシーンもない。熱い抱擁すらない。性愛の匂いがしない。

私は映画が描いているものを “情”と表現したい。

中国の激動の時代を経ても、2001年と同じ場所で雀荘を営む2018年のチャオは、昔ながらの渡世人の気質を持つ。だから、チャオはビンに“情をかけた”のだ。その情を愛と呼ぶことも出来るかもしれないし、チャオには情以上の感情もあるかもしれない。でも、それは決して性愛ではない。

主人公のチャオに感情移入して鑑賞したが、魅力的な就職先のない故郷を捨て、親を置き去りにし、東京で生活する今の私は、実際のところチャオよりビンに近い。

情のない(けど完全にないとは思いたくない)、効率化された現代社会で生きている私が、この作品で描かれる“情”に胸を打たれたのは当然か。そして、現代に生きる多くの人が、きっと私と同じように感じるんじゃないだろうか。

だから、一人でも多くの人に、この映画を観て笑いながら泣いてほしい。

++++
(c)2018 Xstream Pictures(Beijing)- MK Productions – ARTE France Cinema
映画『帰れない二人』公式サイト

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この記事を書いた人

こばやしななこのアバター こばやしななこ サブカル好きライター

サブカル好きのミーハーなライター。恥の多い人生を送っている。個人リンク: note/Twitter