【フォトエッセイ】3枚目:「ことば」に耳を傾けるため、私は喫茶店へ向かう ~人生の余韻を愉しむ手引き~

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良い喫茶店には「ことば」が溢れている。

店を訪れる人々が交わす他愛のない話、店主が淹れるドリップから滴る音、飾ってある花や調度品の声なき言葉。喫茶店に行く理由は、そういった「ことば」を聞きたいからだ。

以前までは本を読んだり、仕事の原稿を書くために利用していたが、行きつけの店に通うようになってからというもの喫茶店への思いが明確に変わるようになった。通えば通うほど、まるで珈琲のような深みを味わうことができるのだ。

「ことば」は人が生きていくために必要なツールだ。こうして今文章を書いている私にとっても、商売道具以上の感情を抱くものであり、内なる自分や他者と会話することによって言葉の愉しさを知っていく。

今回はそんな「ことば」の魅力を強く感じるきっかけとなった、私がこよなく愛する2つの喫茶店を紹介したいと思う。

まず1つめは、カクヤコーヒースタンド。近所にある小さな喫茶店だ。友人と「カクヤさんのミルクティーが飲みたいね」を合言葉に待ち合わせして連れ立つことの多いこの店だが、いつ行ってもお洒落な服を着た若者たちで席が埋まっており、店内の内装やメニューの程よいレトロさとハイセンスぶりが人気である。

レトロ復刻ブームが来ている昨今、喫茶店の目玉としてメロンソーダが登場したのも記憶に久しい。もちろん、カクヤコーヒースタンドでもぽってりとした可愛らしいグラスにバニラアイスとチェリーが乗ったメロンソーダがある。それもお気に入りなのだが、やはり先に話した通りミルクティーが逸品だ。甘みの強い濃いミルクと香りの良い紅茶のマリアージュが織り成す優しいひと時に、いつも癒される。

そんなカクヤコーヒースタンドにおける「ことば」は、お店の人とお客さんが交わすコミュニケーションだ。「会話」というものに重きを置いている店主のカクヤさんは、いつもお店を訪れると「こんにちは」と挨拶してくれる。他のお客さんにも気さくに話しかけ、旧来の友人のように接している。実際のところ、本当に友人である人達が店を訪れているようなのだが、「仕事はどう?あれから上手くいった?」「最近は何してた?」など、カウンターを挟んで会話をしている姿を見かける。コミュニケーションの場としての喫茶店、という在り方はずっと昔から継承されてきたものであり、どんなに様変わりしても、喫茶店の在るべき姿――根っこの部分を大切にしているのだな、という思いが伺えるのは素敵なことだ。

珈琲や紅茶を飲むこととはすなわち、人と会話すること。かしこまらず、笑みとともに自然とこぼれる「ことば」たちに耳を傾けるカクヤコーヒースタンドでの時間は、穏やかで居心地が良い。

2つめは、うってかわって老舗中の老舗。蛍明舎という昔ながらの喫茶店だ。

店内に入ってぐるりと見渡しただけでも分かる、ゆったりとした時の流れと歴史の長さ。アンティークな家具や調度品が素晴らしく、内装を楽しみに訪れる人も多い。

老舗なだけあって、メニューもまるで物語の一編を読んでいるかのような深みがあるのが魅力だ。なかでも私が好きなのは、クロック・ムッシュ(以前訪れた際にはあいにく品切れだったため、写真はジャンボン・フロマージュ)。この一品は味わった時、まさに文学小説を読んだ後のごとき余韻をもたらしてくれる。隠し味のスパイスが効いていて、ひとくち齧ると遠い異国にいるかのような風味が口の中に広がるのだ。

――そう、蛍明舎の「ことば」とは食事にある。食べ物は言葉を持たない。むろん、テーブルの上に載るものは皆そうだ。しかし、ここで食事をすると、食材や茶葉、珈琲豆などがそれぞれ言葉を持ち、皿の上でひとつの会話を完成させているような錯覚に陥るのだ。

私はその会話に、いつも耳を澄ませる。それはパリの街中で交わされているかもしれないし、南仏の花園から風に乗ってやってきたものかもしれない。無限大に想像でき、夢見ることができる。

私はいつもそこに、髭を整えてぱりっとしたスーツを着こなすムッシュウの姿を見るのだった。

カクヤコーヒースタンドの「ことば」が実在のものだとしたならば、蛍明舎の「ことば」は想像(創造)のもの、二者はリアルとイマジンで、対極的だ。しかしどちらの場所も足を運べば、人が生きていくに欠かせない豊かな時間を提供してくれる。

これからもそんな喫茶店と、人やものによって紡がれる言葉を愛し、人生の余韻をカップ片手に愉しんでいきたい。

注※蛍明舎での撮影は事前の許可が必要。無許可での撮影はできないので注意。

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撮影:安藤エヌ

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この記事を書いた人

安藤エヌのアバター 安藤エヌ カルチャーライター

日芸文芸学科卒のカルチャーライター。現在は主に映画のレビューやコラム、エッセイを執筆。推している洋画俳優の魅力を綴った『スクリーンで君が観たい』を連載中。
写真/映画/音楽/漫画/文芸