碧い海に浮かぶ月

【碧い海に浮かぶ月⑦】「大丈夫じゃない」を言えるようになったから

(by 碧月はる) 梅の芳醇な香りに誘われて見上げた空は、白と青の絵の具を混ぜ合わせたような、薄い水色だった。ねじれた枝の先端でほころぶ蕾たちが、その淡い空色に小さな手を伸ばしている。風は穏やかで、空気はほのかにゆるみ、木々の新芽が膨らんでいる。季節が、一周した。この地にまた、春が巡る。 離婚に伴う […]

【碧い海に浮かぶ月⑥】365分の5日

(by 碧月はる) 大事すぎる思い出ほど、誰にも見せずに自分のなかだけに留めておきたいと思う。生まれたての赤ん坊を抱きかかえるように、そっと静かに、ゆらゆらと揺れながらその記憶に浸りたい、と。 誰かに読まれる場所に、鮮烈な記憶を置く。その行為の先で、己の人生の一端が奇異の目で消費されるたび、ゆるやか […]

【碧い海に浮かぶ月⑤】愛おしい旅路の欠片と、共通言語を持たない家族

(by 碧月はる) 家族が増えた。小指の先ほどの、小さな小さな家族。全部で4匹、いや、4人。“匹”という単位は、昔から字面がすきじゃない。 先日、離れて暮らす息子たちが遊びにきたとき、川べりでメダカを捕まえた。「逃がそう」と何度か提案したが、まだ幼い次男坊はがんとして首を縦に振らなかった。 「おうち […]

【シリーズエッセイ/碧い海に浮かぶ月④】途方もなくきれいで幸福な日々の足音

(by 碧月はる) ──疲れた。 そう思った瞬間、表面張力のようにぎりぎりまで小さく保とうとしていたものが、一気にあふれた。幼子のように途方もなく泣き続け、寝間着にはみすぼらしいシミができ、滴のついた髪の毛が頬にぺたりと張りついた。 「もういやだ」 思わず漏れ出た声は、誰にも拾われることなく夜のなか […]

【碧い海に浮かぶ月③】「しあわせのスープ」が染み込んだ夜、かっこわるい大人は、ゆるやかに立ち上がった

(by 碧月はる) 晩秋の夕暮れどき、ふと思い立ち、てくてくと散歩をした。民家の柿の実が鈴なりになっている。枝先には、もうほとんど葉が残っていない。その光景を目にして、祖父母の庭に毎年たわわに実る柿の実と、庭の後ろにそびえ立つ山々の連なりを思った。杉の木が凛と立ち並ぶ山間のなかに、ぽつんと佇む一軒の […]

【碧い海に浮かぶ月②】大人である私たちは、置き忘れたことにさえ気づかないままで

(by 碧月はる) 『ちいさなちいさな王様』という物語がある。ドイツの作家、アクセル・ハッケのベストセラー小説だ。ミヒャエル・ゾーヴァの挿絵が美しい本書は、一見御伽噺のような風貌を醸しつつも、哲学的な要素を持ちあわせている。 王様の世界は、年齢を重ねるごとに身体が縮んでいく。その代わり、想像の世界は […]

【碧い海に浮かぶ月①】私の生の隣には、いつだって海と言葉があった

(by 碧月はる) はじめてこの海を訪れた朝、私は厚手のロングコートとふかふかのストールを身に着け、それでも凌ぎきれぬ寒さにカチカチと歯を鳴らしていた。 新天地での生活は、希望より不安のほうが大きかった。岩肌に勢いよく押し寄せる水面が砕け散る様を眺めながら、祈るような気持ちで目を閉じた。望まぬ形で置 […]