(by とら猫

“Where the Streets Have No Name”のイントロを聴くと、今すぐ駆け出したくなる。これはもうボタンを見ると押したくなる、釣鐘を見ると撞きたくなる、反町の駅を通り過ぎるとポイズンと呟きたくなるのと同じくらい、人間心理の奥深くに組み込まれている衝動であって、たいていの人はこれを止めることができない。

無限の広がりを感じさせるアルペジオ、そして弾むようなカッティングによって紡がれるそのイントロは、新しい何かが始まろうとしている高揚感に満ちていて、人が希望をなくしてしまったその瞬間にすら、未来に懸けてみたいと思わせる陽性の力がほとばしっている。

私なんかも、いったい何度このイントロを聴いたかわからない。辛かったり、悲しかったりしたとき、この曲(“約束の地”という邦題もよい)のイントロはいつもそこにあって、闇に沈んでいた心を光の中へと掬い上げてくれた。とりわけ、憂うつな朝の出勤時に聴くといい。サラリーマンをやっていた時分にはよく、このイントロと共におんぼろアパートの扉をはね開け、眠たい顔がひしめく駅へと駆け出していったものだ。

それは雲間からぱあっと射し込んでくる、まばゆい一条の光に似ている。

この最高にかっこいいイントロを書いたのは、U2という人たちである。ファンからは愛情を込めて「うに」とも呼ばれる。言わずと知れた、地球レベルで有名なロックバンドだ。

U2の素晴らしさは色々とあるけれど、あえてひとつを挙げるとしたら、「まっすぐ」なところかなと私なんかは思う。ポストパンクの時代にデビューした彼らは、反抗の音楽としてのロックが廃れていく中、ロックの力を武骨に信じるような音を真正面から鳴らしていた。時には切羽詰まっているくらい荒々しく。

そうしたサウンドの特徴は、彼らの出自を紐解いていくと合点がいく。メンバーは4人ともアイルランド出身。北アイルランド紛争が激化していく中で育った彼らの曲が、より実験的なアプローチを模索する他のニューウェイヴ勢にはない焦燥感や悲壮感をまとっていたのは、必然かもしれない。IRAを非難した“Sunday Bloody Sunday”や、マーティン・ルーサー・キング牧師に捧げた“Pride”など、祖国の悲惨な現実を目の当たりにしてきた4人だからこそ衒いなく鳴らせる、政治的メッセージの強い楽曲たちがU2のアイデンティティを形作った。

だからこそ、ボノは平和を訴える。たぶん本気で世界を変えたいと思っている。ダサいと呼ばれようと、“伝統芸”と揶揄されようと、ボノはいつだって真剣だった。今も昔も音楽の力を信じているのだ。

そうしたまっすぐなロックをかき鳴らしていたU2は、アルバム『焔』でイギリスのチャートを制覇する。そして持ち前の誠実さでもって、自分たちが奏でているロックという音楽のルーツ、すなわちアメリカのブルースやゴスペルの探究に取りかかった。そうした時期に書かれた曲のひとつが、先の“Where the Streets Have No Name”である。

とはいえ実際にはルーツミュージックの影響があまり感じられないところが、器用なようで不器用なU2らしい。彼らを名実ともに世界一のロックバンドへと押し上げた歴史的名盤『ヨシュア・トゥリー』のオープニングを飾る本曲は、U2にしか鳴らせない音でもって、アメリカのルーツ探究へと向かう扉を開ける。雄大な景色を前に、新たな未来へと勇躍していく彼らの感慨が、そのままギターのリフとなって弾け、広がっていく。

そんな一曲を、名盤『ヨシュア・トゥリー』を全曲再現するという13年ぶりの来日公演で聴いた。リリースから30年が経っても“Where the Streets Have No Name”という曲の持つ力は変わらない。エッジのギターは相変わらず鋭く、ボノのヴォーカルは相変わらずエモーショナルで、このイントロが流れた瞬間、さいたまスーパーアリーナを埋め尽くす聴衆の誰もが、つんのめって駆け出しそうになっていた。もちろん私も。

そこには確かに、ボノがまっすぐに信じてきた音楽の力があった。

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U2公式You Tubeより“Where The Streets Have No Name”

 

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