【関根という名のうさぎ】第5話「二人と一匹の部屋」

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皆さん、こんにちは、こんばんは。関根です。関根という名のうさぎです。

寒い日が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。なんて、知ったような口をきいてしまいましたが、実はわたし、北海道育ちにもかかわらず、冬の寒さというものをよく知りません。それは、飼い主その①とその夫である飼い主その②が、節約もエコもかなぐり捨て、わたしのために暖房をガンガン使ってくれていたおかげです。外がマイナス20℃でも部屋はいつも適温でした。ありがたいことです。

わたしは昨年の秋に死にまして、飼い主二人は今、初めてわたしのいない冬を過ごしています。これまで出掛けるときには必ず暖房が稼働していているか確認して外出していた二人が、今は暖房が消えているかを確認して出掛けています。それはなんだか切ないわけで。たぶん二人もそう思っているわけで。しかしながら暖房代はなるべく節約した方がいいわけで。

そんなわけですが、北の国からお送りするのは今回で最後になります。なんと、飼い主たちが北海道から東京に引っ越すことになったのです。二人と一匹で暮らしたこの部屋とも、もうすぐお別れです。

この部屋で暮らしたのは、飼い主その①と飼い主その②が結婚してからの約二年間。わたしの生きた10年10ヵ月の中では短い期間ですが、飼い主が一人増えたこともあり、とても濃い二年間だったように思います。

ここに引っ越してきたのは夏でした。その夏の思い出といえば、花火です。

近所で花火大会が行われ、ドーンドーンと低くて大きな音が鳴り響き、それを聞いたわたしは思わず後ろ足をダンダンッと床に叩きつけました。

飼い主たちが調べたところ、うさぎが後ろ足を鳴らす理由の一つとして、「危険が迫っていることを仲間に伝えるため」というのがあったそうです。飼い主その②は、「俺たちに危険を伝えようとしてくれたんだ!」といたく感激していましたが、基本ドライな飼い主その①は、「うるさくてムカついただけでしょ」と鼻で笑っていました。実際のところ、うるさくてムカついただけでした。

いや、でも、もしかしたら動物の本能というやつで、無意識に危険を知らせていた、という可能性もなくはないかもしれません、と、言っておかないと飼い主その②が不憫なので、そういうことにしておこうと思います。

ペットカメラが導入されたのも、この部屋に来てからでした。これにより、飼い主たちは出掛けていてもわたしの様子をスマホで見ることができるようになりました。まあ、わたしは人間と違って一人の時間にやましいことなどしていませんので、いつ何時見られようと一向に構わないのですが、予想外だったのはカメラにスピーカーが内蔵されていたことです。静かに牧草をぽりぽりやっているときに、突然「せっきー!」などと外出先から呼びかけられると流石にビクッとなります。

その被害を被ったのはわたしだけではありません。わたしと飼い主その①が家にいて、飼い主その②が飲み会に出掛けているような場合に、夜中に突然、「せっきいいい!!!」とでかい声が響いたりするので、わたし以上に飼い主その①がめちゃくちゃビビッていました。酔っ払った飼い主その②が、周りのみんなにペットカメラでわたしのことを自慢し、そのついでにご機嫌なテンションで呼びかけてくるわけです。これをやったら飼い主その②は帰ってから必ず怒られていました。当たり前です。

ちなみにこのペットカメラを使って、飼い主たちの結婚式にも参加しました。式の前日、わたしの背後の壁に「ご結婚おめでとうございます」という横断幕を自分たちで貼っている姿は非常に滑稽でしたが、当日、横断幕を背に黙々と牧草を食べるわたしの姿が会場のタブレットに映し出され、とても好評だったそうです。多少なりとも式に花を添えられたならよかったなと思います。牧草を食べていただけですが。

世話してもらう立場で言うのもなんですが、この二年間、飼い主その②がだんだん飼い主として成長していく姿が見られたのも感慨深かったです。最初こそ、わたしのうんちたっぷりのトイレに「ウワァ……」と引いた様子を見せていた飼い主その②でしたが、飼い主その①にあれこれ指導されながら世話の仕方を覚え、最終的には誰より積極的に世話を焼いてくれる存在になりました。

これはちょっと感動した話なのですが、ある時、飼い主その②がわたしを仰向けに抱き上げました。わたしはなんだかびっくりしたし腹も立ったので、その顔面におしっこを引っかけてやりました。そんなことしなくても、と思われるかもしれませんが、如何せんうさぎには声帯というものがありませんから仕方ありません。男は黙ってサッポロビールというCMが昔あったそうですが、うさぎは黙って放尿です。

そんなことをされたら、慌ててわたしを投げ出したとしても責められはしないでしょう。しかし、飼い主その②はわたしをしっかり抱いたまま、決して離しはしませんでした。立派です。飼い主の鑑です。感心したので、もう一発引っかけてやりました。「プヘッちょっと口に入った」と苦しむ飼い主その②を見て、飼い主その①は大笑いしていました。こっちは飼い主どころか人としてどうかと思います。

さて、最後の半年間、週一回のペースで行われていたイベントと言えば、シャンプーです。

本来きれい好きで、自分で全身をペロペロ舐めまわして汚れを落としていたわたしですが、足腰が弱り、腰の位置が下がったことによりお尻や足が汚れがちになったため、飼い主たちが二人掛かりでシャンプーしてくれるようになりました。飼い主その①がシャンプーで洗う担当、飼い主その②がわたしの体を支える担当でした。その間、飼い主その②は、「きれいきれいしようね~」「気持ちいね~」などと言っていましたが、正直かなり嫌でした。暴れたりもしました。水に濡れるのがとにかく苦手なのです。

とは言え、シャンプーしてドライヤーで乾かしてもらうと、思った以上にすっきりするものですね。「風呂に入って後悔した者はいない」という誰が言ったのかわからない格言らしきものを、面倒くさがりの飼い主二人が風呂に入るのが億劫なときに合言葉のように唱え合っているのをよく耳にしていたのですが、どうやらこれは真理だったのだと、晩年になってやっと理解しました。

シャンプーもそうですが、この部屋に来てからのわたしは体調を崩しがちで、病院に行ったり、薬を飲ませてもらったりというのが多々ありました。そんな老うさぎの介護を、ときに笑いながら、ときに揉めながら、夫婦の共同作業としてやってくれていた二人の姿はなんだか微笑ましくもあり、ありがたくもあり、自分で尻をきれいにできなくなるまで長生きした甲斐があったな、と思ったりもします。

東京に引っ越すことが決まったのは、わたしが死んですぐのことでした。

「関根は東京に行くのが嫌で、この地で天寿を全うすることを選んだに違いない。」

飼い主たちはしみじみそんなことを言っていましたが、いやいや、偶然です。うさぎに自らの死期を調整するような器用な真似ができるわけないです。でも、こういう偶然ってあるんだな、と不思議に思います。

二人と一匹で暮らしたこの部屋を去るのは寂しいですが、家具も家電もわたしの骨壺も一緒に東京に行きます。新天地で新たなスタートを切る二人を、これからも見守り続けるつもりです。

ここでお話しするのは今回で最後になります。全5話にわたり、しがないうさぎのお喋りにお付き合いいただき、どうもありがとうございました。

皆さん、また会う日まで。どうかお元気で。

※今後は飼い主その①(長瀬)のnoteで、関根のお話を不定期更新する予定です。

++++
(c) 関根

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この記事を書いた人

長瀬のアバター 長瀬 文章的なものを書くライター

北の大地でエッセイなど書いています。
文芸/飲食/音楽/ラジオ