(by こばやしななこ

生きていると、どうしようもなく辛い時期がある。

大切な存在の死、いじめ、過労、病気、プレッシャー、人間関係、罪悪感、孤独、貧乏。いろんな理由で人は辛くなる。辛い時は、やり過ごす以外、方法がない。全てを辞めてじっとやり過ごすのだ。そして「努力しなくてもそのうち回復する」と思い込むこと。

辛い時期に入ってしまったら、吉本ばななさんが書いた本を読む。彼女の書く本は、辛さを抱える主人公が少しずつ、自然に「大丈夫」になっていく話ばかりだ。本を読めば、今は辛くて何をする気力がなくとも、悲しみや辛さの中をクラゲのようにふわふわ漂っていたら、そのうち浮いてこられると信じることができる。

初めて読んだ彼女の本は、『キッチン』の単行本だった。

桜井みかげは唯一の家族だった祖母を亡くした。悲しみの底で、みかげは毎晩、ひとりキッチンで眠っていた。ひとりで住むには広すぎて、家賃も高い家から一刻も早く引っ越さなくてはいけないけれど、動く気力がないみかげ。この先のことなんて、まるで決められる気配がない。

そんな時、降って湧いたように家を訪ねてきた田辺雄一が、みかげに「しばらくうちに来ませんか。」と声をかける。瞬く間にみかげと雄一と、雄一の母であるえり子さんの共同生活は始まった。3人で暮らす中でみかげは絶望を抜け出し、少しずつ「大丈夫」になっていく。

これが『キッチン』のあらすじだ。

この話を読んで得た「今は絶望してるけれど、たぶんこの先ずっとではない。何とかなる」というイメージは、これまで私の支えになってきた。いいイメージがないまま辛さをやり過ごすのは、とうてい無理だから。

『キッチン』の単行本には、『キッチン』の続編である『満月 キッチン2』も収録されている。私の一番好きな小説だ。

『満月 キッチン2』では、みかげはえり子さんと雄一と一緒に住んでいた家を出て、ひとりで暮らしながら料理研究家のアシスタントをしている。祖母の死から立ち直り、目標に向かって頑張ることができるぐらい、元気なみかげになったのだ。そんな折、彼女は雄一からえり子さんの死を聞かされる。

雄一は唯一の肉親であるえり子さんを失った。少し前のみかげと同じで、ひとりぼっちで無気力で、危うげな雄一に、今度はみかげが寄り添う。絶望の底にいた自分が「大丈夫」になったその先で、人に何かを返す。大きい意味で、人間はそうやって成り立ってきたんだろうな、と思う。この話は『キッチン』とはまた別の、人間という存在への良いイメージを私に与えてくれた。

みかげがカツ丼を雄一に届けるくだりは本当に、これ以上ないくらい好きなエピソードだ。

仕事で伊豆に来たみかげは、偶然みつけた料理屋に入り、美味しいカツ丼を食べる。そして「ああ、雄一がここにいたら」と思った瞬間、みかげは衝動的に店主に持ち帰りのカツ丼を作ってもらっていた。そのままタクシーに飛び乗ると、雄一の旅先の宿まで夜中にカツ丼を届けに行く。

「おいしいものを人に食べさせたい」という感情ほど美しくて優しいものはない気がする。一番、純粋な愛に近いんじゃないかな。

と言っても、私は昔から食べるのが好きで、「自分が食べたい」ばかりの人間だったから、食べさせたい気持ちの真髄を知ったのはつい最近だ。30歳も目前にして、やっと好きな人や母に対し、純粋にそして明確に「おいしいものを食べさせたい」と思うようになった。

自分が「食べさせたい」を感じて初めて、祖母が体も悪いのに、私の運動会には必ず重箱いっぱいのお弁当を用意してくれたとか、母が定期的に食べ物を段ボールに詰めて送ってくるのとか、落ち込むと恋人が「おいしいものを食べさせないと」と言って私を外食に連れ出してくれる、そういうことの愛おしさに気づいた。

自分が届けたカツ丼を食べる雄一を見て、みかげは雄一とえり子さんと3人で暮らしていた時の、雄一との会話を思い出す。

「どうして君とものを食うと、こんなにおいしいのかな。」

雄一は、聞いておいて自分で答える。

「きっと家族だからだよ。」

みかげがこの会話を思い出しながら、何を思ったかは書かれていない。私は、この時のみかげが、肉親はもういなくても雄一はたしかに自分の家族なのだと感じていたと思う。

血縁のような固定的なものではなく経験を共有しながら築く家族の関係、人にものを食べさせたいという感情、「今、そうしなきゃ」という人生における重要な瞬間を掴む奇跡。

この短い物語には、人間の眩しい部分が詰まっている。

++++
(c) Yoshimoto Banana
吉本ばなな『キッチン』Amazonページ

 

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