【映画レビュー】『ジュディ 虹の彼方に』〜美しい虚構に生きた1人の少女が、晩年で見せた姿~

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(by 安藤エヌ

「その声で100万ドル稼がせてやる」

17歳で映画『オズの魔法使』のドロシー役に抜擢され、一躍大スターとなったジュディ・ガーランド。

『ジュディ 虹の彼方に』は彼女の晩年を描いた映画で、その後の彼女が歩んだ人生にスポットが当たった作品となっている。

先日、日比谷の宝塚ビル地下で本作を鑑賞してきた。実在のミュージカル映画女優が主人公、そしてレディースデイだったこともあり、観客は演劇鑑賞を趣味としていそうな幅広い年代の女性で埋まっていた。

映画の冒頭、『オズの魔法使』のセットで雇い主の男とジュディが会話するシーンから物語は始まる。

「君は他の女の子とは違う、別世界に住んでいる。だからオズの国へ行けるんだ。それは特別なことなんだよ」

当時を生きた少女の中でも抜きん出た才能と美貌を兼ね備えていたジュディ。ドロシー役は本来、大人気だった子役のシャーリー・テンプルが務める予定だったのだが、代役として彼女が選ばれた。可憐なワンピースにルビーの靴を纏い、すべての少年少女の憧れとしての役を務め、その後も人気冷めやらぬまま数々の作品に出演することとなる。

――しかし、その裏側では多忙のため殆ど眠る時間を取れず、太らないようにとマネージャーから痩せ薬を渡され、飲むことを強要されていた。華やかな舞台の影に隠された人間の欲と恣意がこんなにも恐ろしいとは、と観客は作中、何度も思い知らされる。その影と、光に満ちた映画のセットのコントラストにめまいがした。こんなにも美しいのに、ひとつも本物といえるものが無い。虚構の中に立たされた少女であったジュディはそのまま大人になり、晩年を迎え、不安定な精神と孤独に苦しめられながらステージに立つ。言わずもがな、彼女を“そうさせた”のは、子役だった彼女を精神・肉体的に支配した業界人たちだ。

心から自分を愛してくれる存在が不在のままに生きてきたジュディは何度も結婚を繰り返し、母親として実の子どもとの接し方も上手くいかない。不特定多数の人間から愛されることは叶っても、自分が望む相手からは愛を得られない孤独。愛し愛されるという事柄において、ジュディは子役時代の経験から不全になってしまい、生涯にわたり彼女の存在に影を落とすことになる。そんな中でも彼女はステージ上で得られる観客との交流と感情の分かち合いを愛し、舞台に立ち続けた。

彼女の「ステージで愛されたい」という願いは本作のラストに通じ、これまでの彼女の苦悩を追ってきた観客はまるで目の前のステージを本当に観ているかのように、彼女の最期の姿を見届けたあと拍手喝采を贈りたくなるのだ。

劇中でも歌われる「虹の彼方に」は、セクシャルマイノリティへの理解を進める上で重要な楽曲となり、ジュディ自身がゲイ当事者においてのアイコン的存在になったことは有名な話である。本作でもゲイのカップルが作品の展開上、重要な人物として登場し本作を語る上で欠かせないトピックスになっているのだが、まず目を奪われたのが、先に挙げたジュディの子役時代に登場する映画のセットだ。

とにもかくにも美しい。赤いバラ、オズの国へと続く小路、真っ青な色をしたプール、デコレーションされたケーキ。虚構であるがゆえに美しいのか、美しいから虚構であるのか――。彼女が生きる世界は過剰ともいえるほどに輝いていて、そこには選ばれた存在にしか足を踏み入れられない。

しかし彼女は、天才である前に平凡な1人の少女だった。普通に恋をすることを望み、ハンバーガーを口いっぱいにほおばり、同年代の少女たちと楽しく話をしてみたい、そんなどこにでもいる普通の少女。ジュディは自分なりに虚構の世界に抗おうとするのだが、それを大人たちが押さえ、縛り付ける。食事の代わりに薬を与え、厳しく演技やダンスを教える。そんなシーンがジュディの晩年の姿と交互に映し出され、現実と虚構の入り混じる中でもがくように生きるジュディが、ステージに立つと瞳に力が入り、どこまでも響きそうな歌声で圧巻のパフォーマンスをする凄みに圧倒された。

歌の最後にはくずおれるように身体を屈め、それでも立ち続ける彼女を見てやはり、ジュディ・ガーランドとは表現することでしか生きられない人間だったのだと思い知る。歌うことで生きる、生きる苦しみを歌に昇華する。美しい虚構に心を蝕まれながらも、懸命に生き、愛された女性。

何よりもその姿が“つくりものではない美しさ”を体現していて、虚構のように単純ではない彼女の人生を表しているのだ。

虚しさだけが響く美しさの中で生かされた少女時代から、苦難と孤独の影がさした人生を力強い歌に変え、最期まで懸命に生きてみせた晩年のジュディ。美しさの本質と人生の深み、愛し愛されること――。ジュディという1人の女性から教わったことは、これからも私の生きる美しくないであろう道の礎になり続ける。そんな風に感じることの出来た、映画で観る人生、ともいえる作品だった。

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(c) Pathe Productions Limited and British Broadcasting Corporation
『ジュディ 虹の彼方に』公式サイト

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この記事を書いた人

安藤エヌのアバター 安藤エヌ カルチャーライター

日芸文芸学科卒のカルチャーライター。現在は主に映画のレビューやコラム、エッセイを執筆。推している洋画俳優の魅力を綴った『スクリーンで君が観たい』を連載中。
写真/映画/音楽/漫画/文芸