(by 蛙田アメコ

人間の魂の重さは21gだという。

昔の人が、とっても杜撰なやり方でもって計測した数値だ。実験方法はとても杜撰でいいかげんなものなので、21gという数字には何の信憑性もないのだけれど、21世紀で令和な今も魂の重さといえば21gと相場が決まっている。たぶん、目にも見えなければ実在性もあやふやなものである魂に、少しでも現実みのある重さを与えたいというのは普遍的な祈りなんだと思う。人間の魂には重さがあったほうが素敵だ。

「21gしかない」なのか「21gもある」のかはなかなか判断に困るところだけれど、いま家にあるものの重さを色々と計ってみたら、ヤクルトが1本89gでとろけるタイプのスライスチーズが19gだった(割り箸は6gだった)。人間の魂の重さは、ちっぽけな乳酸飲料よりも、むしろ薄っぺらいとろけるタイプのスライスチーズに近いという知見を得た。やっぱり、21gという重さが軽いのか重いのかはわからない。

このたび、700g程度の自分の身体の一部を失った。
髪の毛である。

もう長年、髪の毛を伸ばしていた。だいたい、わかりやすくいうと両乳首が隠れるくらいの長さにまでなった髪の毛はすっかり痛んでいて、枝毛の処理をするべく櫛をいれるとぷちぷちと毛先が切れてしまって、1センチくらい短くなってしまう状態だった。

さて、どうしたものかと思った私は決めたのだ。

「もう、一切合切切り捨ててしまおう」――と。

行きつけの、大変腕の良い美容師さんの個人店で髪を切った。
「せっかくなので、やってみます?」と、自分で髪を切らせてもらった。
細い束にブロッキングされた髪にハサミを入れる。ジャグッという髪の束を切る音、キリキリキリ……という髪の毛一本一本が引き裂かれる音、それに、ぱつん、という髪の毛の束が完全に頭から離れる間抜けな音。

色々な音を立てて、私の髪の毛は短くなった。

「長年やってますけど、常連さんがここまで大幅にスタイルチェンジするのは初めてですよ」と美容師さんは言った。お互いにゲラゲラ笑いながら髪を切って、とても楽しかった。
どこからどう見てもロングヘアだった私は、その辺のオシャレな男性……たとえば米津玄師とかよりも全然髪が短くなった。ツーブロックに刈り込んだ髪は撫でるとショリショリと音を立てる。

女性らしい長い髪が好きだった。

結婚出産子育てなどの世間で求められる「女性らしさ」に歯向かいがちな自分の、ちょっとした言い訳――あるいは小賢しい自己演出――だったのかもしれない。
30センチ近くも髪を切ったのは完全な気まぐれだった。家を出たらよく晴れていたから学校とは逆方面の快速電車に飛び乗って終点まで行ってしまうのと同じような気まぐれさ。
そんな気まぐれでもって、切り落とした髪の毛の700g分私という存在は軽くなった。

髪を切るというのは、昔から「失恋」とか「戦場に向かう」とかそういう、過去との決別や未来への決意みたいな文脈で語られる。

実際に長かった髪をバッサリと切ってみると、なるほど心が軽やかで肩が(物理的に)軽くなる。切り落とした髪を持ち上げてみると700gくらいの重さで、人間の魂だいたい33人分だった。自分の一部だった700gの、重いような軽いような例えようのない重みに、人間は意味を与えたくなってしまうのかもしれない。髪くらい意味もなく切らせてくれよ、と思う。けれど、人間は何かにつけて意味が欲しいのだとも思う。魂に21gの重さを見出すほどに。

切り落とした髪は、結局ヘアドネーション(髪の毛のドナーになること)に出すことにした。
事故や病気でカツラを必要としている人のための医療用ウィッグのための人毛を集めているNPOというのがあったので、そこに送った。

切り落とされた髪は、なんだか何か愛すべき小動物の死骸みたいにも思えて、燃えるゴミの日にゴミ袋に放り込むのは忍びなく感じた。

人間は、魂に21gの重さを見出す。

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