【この一曲】サンボマスター“そのぬくもりに用がある”に新たな愛を知る

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「涙流れて愛が生まれる」とは一体なんだろう。初めてその曲を聴いた時は、メロディラインに心躍るものの歌詞がピンと来なかった。だって「愛を失って涙が流れる」のが一般的のはず。涙が流れるのはたいてい、何かに負けた時や何かをなくした時、何かの壁にぶつかった時なのに。

ひどく揉めて別れた男がいる。

出会ったばかりからすごく気が合って、「友達でいるには特別すぎるから恋人になろう」とどちらからともなく言い出して付き合った。

私たちが共有したのは音楽だった。彼のCDプレーヤーは縦型で、ディスクが5枚収納できるものだった。彼が毎朝起きて一番にすることは、カーテンを開けることでもなければ隣に眠る私へのキスでもない、小さなリモコンでその5枚の中から朝のBGMを選ぶことだった。

デートはたいてい好きなバンドのライブDVD鑑賞だった。テレビ画面の向こうでサンボマスターが「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」を叫ぶように歌っている。

「俺はね」彼は言った。「この曲より『そのぬくもりに用がある』の方が好きやねん」。私は笑って「私も」と言った。

たくさんの音楽を教えてくれた彼とは音楽の好み以外の価値感がとことん合わず、何かにつけて怒り狂う彼とひたすらに謝る私のいびつな共同生活は1年で終わった。

私はいつも泣いていた。理不尽に当たられ理詰めで説き伏せられる、そんな可哀想な自分自身のために泣いていた。

出て行く時さえ彼は、この別れ話のために行くことができなくなったライブのチケットを返金しろと怒鳴ってきた。私は5千円札を玄関に投げ捨てて去った。6月の蒸し暑い日。雨が降っていた。

季節がめぐり、新たな恋や別れを繰り返して、あんな痛くて苦い恋のことなど忘れかけた頃。深夜に終わったバイトの帰り道で、聴き覚えのある曲がイヤホンから流れてきた。思わず歩みがゆるんで、歌詞をなぞるように聴いた。

“涙流れて愛が生まれる 愛が生まれて五月雨になる”

はっとした。この曲も、その前の曲も、前の前の曲もそう。そういえば耳に流れるプレイリストのほとんどが彼に教えてもらった音楽ばかりだったことに気づく。

彼を失くしてもなお、彼に教わった音楽に生かされていた。

“忘れはしないよ あなたとの ぬくもりという名のケモノ道”

恨み合った。罵詈雑言を浴びせ合った。けれど本当は蓋をした記憶の奥に、彼とCDを買いに行く日常が確かにあった。同じ曲を聴いて同じところでハモった。彼に教わったコード。共有したギター譜。

その時、私は初めて、私のためでなく彼のために泣いたのだ。

音楽は最後にこう言い残して途切れた。

“その、ぬくもりにだけ用がありました”

あれからもう10年以上の時間が経っている。

けれど今でもたまに聴いてしまうこの曲。“涙流れて愛が生まれる”、そのフレーズが耳に触れるたびに何を愛と呼ぶのかを自分に問う。

ここでの愛は夫でも、子でも、親でも友でもない。私を生かし続ける歌、曲を聴けばさまざまな感情のかすれを思い出させてくれる歌。そんな歌が、流した涙の数だけ私の胸に残った。

その歌たちが五月雨になって、年を重ねても乾かぬようにと私の心を溶かしてくれる。

だから例えばあの男の教えてくれた音楽――顔も思い出せない、今どこにいるかも分からない、二度と会わないあなたの教えてくれた音楽を、私は仕方なく愛と呼ぶことにする。

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(c) Sony Music Artists Inc. All Rights Reserved
サンボマスター公式Youtubeより「花束」

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