みくりや佐代子

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【エッセイ】思い出せない猫のこと

(by みくりや佐代子) <あの子を想う時、写真でなく絵で思い出されるようになったのは、私のこの軟弱な記憶力のせいだ。> 硬くなった出窓の引き戸に力を込める。開いた窓の隙間から細い風が部屋へと入り込む。窓は防犯上、10センチしか開かない。今日、小説のような一日になれ。私は唱えた。今日、小説のような一 […]

【エッセイ】センチメンタル・シンガポール・パンツ

(by みくりや佐代子) シンガポールの街並みに並ぶ屋台を覗き込み、あれでもないこれでもないとフラフラ歩いたあの夜を思い出す。 あの夜、夕飯はどこにしようかと選んでいた私たちは、選んでいたというより迷っていたという方が正しかったかもしれない。なぜならそこで見る看板には異国の言葉が踊り、どんな料理か判 […]

【推しの一作】『30までにとうるさくて』は決して“女性のためのドラマ”ではない

(by みくりや佐代子) 冬模様に変化した街で、ショートブーツのファスナーを上げ切っていない人を二度見た。一度はバスの車内、一度はデパートの地下の総菜売り場だった。かかとから上へ伸びるファスナーは半端な位置で留まり、足首の部分の黒い皮が外側に開いていた。 それを見つけた時、「あ、私だ」と思った。私と […]

【映画エッセイ】『猿楽町で会いましょう』〜若さの本当の価値と取り戻したいもの〜

(by みくりや佐代子) 「若さ」を恥ずかしいと思うたちだった。なぜか。この国は、若いこと、幼いことに価値があるとされているからだ。とりわけ女性は。 若い女性の肌や髪が画一的な「美しさ」とされ、販売促進に当然に使われることを気味が悪いと思った。まるで年を重ねるのは悪そのもののようであった。 以前、男 […]

【映画エッセイ】“ボクたちはみんな大人になれなかった”のだろうか?本当に?

(by みくりや佐代子) 友人と会うたび、私達はどうしてこうも昔話でいつまでも語り合えるのかと笑ってしまう。 変わった口調のあの先生、エキサイティングな喧嘩を繰り広げる派手なカップル、地元から輩出されたアスリート……。話題が尽きないのではない、限られた同じ話題を繰り返すことに飽きないだけだった。 学 […]

【おなかの中のくらげ④】朝は二度来る

(by みくりや佐代子) 「くらげ」と呼んでいたおなかの中の赤ちゃんが、第三子として誕生して約2か月。黄疸の検査で通院は続いていたものの空腹や眠気を訴える泣き声は力強さがあって、生命力のあらわれのようだった。 「新たな一員」を迎え入れたことは長男と長女の生活にも変化をもたらした。当然だが「はい!今日 […]

【おなかの中のくらげ③】今はまだ黄色の子

(by みくりや佐代子) くらげが産まれ落ちた。それは順を追って丁寧に私に知らされた。眼鏡もコンタクトも外し、身体に麻酔が回っていた私には、ぼんやりと滲む世界の中でただ天井を見てハイ、ハイと答えるほかに出来ることはなかった。 「姿が見えたよ、もうすぐよ」くらげは間抜けなことにまだ眠っていた。 「お母 […]

【おなかの中のくらげ②】あつかましい“生”のこと

(by みくりや佐代子) 生活の中に「キリトリ線」がある。それをプチ、プチと少しずつ千切っていくような2週間だった。産休前の引き継ぎを通して「わたししかできない仕事」は「他人にもできる仕事」へと移行した。キリトリ線を千切り終えた時、「働く自分」が社会から完全に剥がれてしまった。 最終出社日に貰った花 […]

【おなかの中のくらげ①】「正解は、命です」

(by みくりや佐代子) 「くらげみたい!」と笑ったのは私じゃなくて君の姉だから、どうか私を恨むのはやめてほしい。 エコー写真を覗きこんですぐ、6歳の娘は驚いて顔をあげた。「くらげ」と呼ばれたその命はまだ小さくて、大きさでいうと30ミリ、モノクロの感熱紙の右上に「10w」と“生”の記録がなされていた […]

【名画再訪】「愛がなんだ」と吐き捨てるように言ったあの子へ

(by みくりや佐代子) 愛がなんだ。愛がどうした。 そう言えるだけの威勢があるならばいい。他人がどう言おうと自分の差し出すこれこそが愛なのだと、言い切れるほどの意地があるならばいい。たとえそれがどんなに非常識で、理解されにくいものだとしても。 映画「愛がなんだ」の最も不思議なのは、盲目的な恋に溺れ […]

【エッセイ】腕を組み頬を寄せ合うのが「女の友情」とは限らない

(by みくりや佐代子) 「ちゃんとお祝いをしたいから会おう」と送ったすぐ後に「忙しくて時間がとれないから繁忙期が終わったら連絡する」と返ってきたラインを見て、これは一体どちらだ、と首をひねった。本当に忙しいのか、それともただ単に今は会う気分じゃないのか。 そんな風に疑ったのは私自身が「忙しい」とい […]

【エッセイ】「自分はこういう人間である」はだいたい錯覚らしい

(by みくりや佐代子) 部屋が綺麗になった。リビングのソファに積み重なっていた衣類たちは片付けられ、キッチンカウンターは本来の乳白色を取り戻した。ズボラで掃除嫌いの私にとって部屋が綺麗になったことは、娘の入学や第三子の妊娠をしのいで「この春の二大変化」の一つといってみても過言ではなかった。 部屋が […]

【名画再訪】『かもめ食堂』~「食べる」というこの世で最も人に優しい行為について~

(by みくりや佐代子) カレーライスを食べる人には共通項がある。それは誰もが「大きな口を開けること」。 あたたかいカレーライスが目の前に現れると、どんなに可憐な女性でもちまちま食べはしない。大きなスプーンに掬う一口分は、だいたい他の料理の1.5口分ほどの量で、それを大きな口を開けて美味しそうに食べ […]

【エッセイ】「似た者夫婦」でない私たちにとって大切な唯一のこと

(by みくりや佐代子) コロナ感染症拡大の影響で気軽な外出もはばかられるようになり、それならばと思い切って遠出をすることになった。車で一時間、街の外れまで家族でドライブ。川沿いの道を車は進んでいく。道幅が狭く対向車が近い。 「この道、ガードレールつけてほしいよね」 不満げなわたしの言葉に夫はフフと […]

【映画レビュー】『花束みたいな恋をした』~あまりに静かな恋と暮らしに「花束」の新たな意味を知る

(by みくりや佐代子)(注:本記事では一部、映画の結末に触れています。) 映画『花束みたいな恋をした』。2015年の東京を舞台にした、大学生カップルの恋愛の軌跡。人気俳優の菅田将暉と有村架純が主演をつとめる上、坂元裕二が脚本を手掛けたとあれば飛びついた方も多くいるのではないだろうか。 私もそのうち […]

【エッセイ】勝手に輪になる~生き延びよ、エンタメに生かさるる者たち~

(by みくりや佐代子) 日頃から文章を書いている人間だけど「物書き以外の何らかに成りたい」と思ったのは一度や二度じゃない。それは、世に溢れる文章の中で「この人、好きやなあ」「この人、天才やんけ」と思うものを見つけた時、その文末にある「肩書き」に頬をビターンと叩かれるからである。 好きな書き手がいる […]

【映画エッセイ】『えんとつ町のプペル』を観に行ったら息子の身長がちょっと伸びた。

(by みくりや佐代子) 「鬼滅とプぺルいつ行く?」 話題の映画「えんとつ町のプぺル」は、ひとりで身軽に観に行こうと思っていた。 ただ対象年齢が幅広いと知ったので、それならばと小学3年生の息子と6歳の娘にも声をかけてみることにした。すると夫からも「俺も行きたいな」と意外な返答が返ってきたので、結局プ […]

【エッセイ】12月16日。ほくろを取った。

(by みくりや佐代子) 2020年12月16日。天気、曇りのち雪。仕事、休み。こんな繁忙期に一律の平日休みである。 休みは多いにこしたことはないが、いったい誰の都合でこの日に定まっているのだろうと考えると、働き方改革という耳障りのいい言葉に、名前も知らない大きな者の怪しい目論見が隠されているような […]

【名画再訪】『八日目の蝉』〜「男性の不在」に際立つ二種類の母性~

(by みくりや佐代子) 隣で眠る子供の寝顔を見つめながら、どうしてこんなに可愛いのかと疑問に思うことがある。それは慈しみにあふれた湧き上がる愛情とはまた種類が違い、参考書を開いて受験勉強していた時の感覚に似ている。「あれ?これってどうしてなんだっけ。以前に一度解決した気がするのだけど……」と眉間に […]

【エッセイ】傷つきやすい人のための小説の読み方

(by みくりや佐代子) 小説を読む前に、安全バーが欲しい。 朝の通勤バスの中でKindle画面を立ち上げ今日読む本を選ぶとき、注意深く「あらすじ」を読み込んだり本のタイトルに「感想」のワードを加えて検索したりと、やたら慎重になってしまう。最近はいつもそうだ。「どこに旅に出るのか」、ゆく先を知ってい […]

【エッセイ】半径2メートルに塩をまくように生きる

(by みくりや佐代子) 肌寒い日の信号待ち。喫茶店の入り口に大きな盛り塩を見た。お茶碗一杯くらいの。驚きのあまりじっと見入ってしまっていたようで、ちょうど店先の掃き掃除をしていた奥さんと目が合った。 「これ、おはらい用ですか?魔除けとか、そういうの?」一度気になると知らない人にも話しかけてしまう、 […]

【名画再訪】人はみな多大な迷惑をかけながら生きる〜『こんな夜更けにバナナかよ』

(by みくりや佐代子) 「人に迷惑をかけてはいけません」。その言葉を幼い頃から刷り込まれているから私たちは今日も無理な納期に向き合うし、自分のタスクが終わるまで退社しない。迷惑をかけないことで得られる「真面目で勤勉、責任感が強い」の評価。それらは褒め言葉であり、求められる規範だ。 一本の映画によっ […]