(by こばやしななこ)
洋画や洋楽が好きだったから、英語学習の出だしは順調だった。中学に上がる春休みには自主学習用の英語教材を買って、初歩的な文法は覚えていた。
英語で人とコミュニケーションをとってみたいと思った私が辿り着いたのは、ネットのペンパルサイトだ。それは世界中の10代がペンパル(文通相手)を探す掲示板で、私はさっそく名前と歳、日本に住む日本人だということを書いてペンパルを募集した。
最初に連絡が来たのは、日本が大好きなオーストラリア人のベンジャミンだった。ゲーム好きなイギリス人ビリー、同じくフランス人で漫画とファッション好きなソフィーからもメッセージが来た。ベンジャミンが17歳であとの2人は私と同い年くらいだった気がする。
数回e-mailのやりとりをすると彼らは「住所を教えてよ!」と声をかけてくれ、3人との文通がはじまった。
いち早く手紙を送ってきたのは、やはりベンジャミンだった。彼は日本語を勉強しているので、ひらがなで手紙を書いてきた。手紙の出だしは「なんあこへ」。なんあこ。それは私の名前か?のっけから斜め上をきたぞ。私の名前のローマ字表記NANAKOを、思いっきり間違って受け取られている。
ベンジャミンが気づいてくれるよう、自分から書く手紙の署名は「Na na ko」と音を切るところで文字を離し、その上に「な な こ」と読み仮名をふった。彼はひらがなの読み書きはできるようなので、これでわかってくれるだろう。
ビリーからの手紙には、日本のゲームソフトを送ってくれと書いてあった。全然いいよ!という気持ちで彼の指定するゲーム機(忘れた)のソフトを買いに行くと、だいたいどれも4000円〜5000円した。小2の時に1200円で買ったプレステの中古ソフトで6年間遊んできた私は、会ったこともない少年にそんな高価なものを買う度胸がない。探したらその店にも2000円弱くらいのソフトがあったので、クソゲっぽい香りは否めなかったがそれを買って送った。その後、ビリーから返事はこなかったので、案の定クソゲだったのだろう。
ソフィーとのやり取りは楽しかった。ソフィーは当時の女子中高生がみんな読んでいた矢沢あいの漫画『NANA』が好きだった。ちょうど日本では『NANA』の実写映画が公開される頃で、私は友達と観に行き、買ったパンフレットを彼女に送った。お礼に最高にセンスのいいネズミのイラスト付きポーチとウィーンに旅行(おしゃれすぎて笑う)した時の綺麗な写真が送られてきた。ソフィーのおしゃれ偏差値の高さに毎度圧倒されている間に、文通は自然な感じでフェイドアウトしていった。
文通が一番長く続いたのはベンジャミンだ。彼は私が幾度となく「なんあこ」ではなく「ななこ」だと気づかせようとしても、頑なに私の名前をなんあこと呼んだ。ななこは完全になんあこに敗北し、私は最後までベンジャミンにとってなんあこだった。
ベンジャミンが私の手紙をどこまでちゃんと読んでくれていたのか、謎だ。なんだか彼の手紙は手紙じゃなくて日記みたいだった。ところどころで「なんあこはどうですか?」と書いてあるけれど、興味があるのは自らの日本語の上達であって、私にではない気がした。いや、ただ名前を間違え続けられるのにイラッとしていただけか。でもだいたい、17歳の男子が特に趣味の合うわけでもない14歳の女子と交流して楽しいことあるか?読みながらいつも「本当にそれ知りたい?」と心で呟いていた。
それでも手紙を送るとすぐに返事をくれるベンジャミンに申し訳なくて、しばらくは当たり障りのない返事を書いていたが、文通は楽しみではなく義務になっていた。いつしか私は彼に手紙を書かなくなった。「ベンジャミンは私からの返事をいつまで待っていたのかな」と思うと、心が少しだけチクっとする。
このペンパル期以降、私は熱心に英語にとりくむこともなく大人になってしまった。