【エッセイ】思い出せない猫のこと

【エッセイ】思い出せない猫のこと

(by みくりや佐代子

<あの子を想う時、写真でなく絵で思い出されるようになったのは、私のこの軟弱な記憶力のせいだ。>

硬くなった出窓の引き戸に力を込める。開いた窓の隙間から細い風が部屋へと入り込む。
窓は防犯上、10センチしか開かない。今日、小説のような一日になれ。私は唱えた。今日、小説のような一日になれ。念のためもう一度唱えた。

始業式の日は帰りが早い。午前10時半、ランドセルの群れがぞろぞろと縦に伸びている。クラス替えがあったからか、はたまた新しい担任が発表されたからか、子供達をまとう空気は普段よりも熱気があるように見えた。血色もいい。
日常に波が立つ快感が羨ましかった。

出窓周辺のほこりをハンディモップで払いながら、長い髪の毛が落ちているのを見つけた。
これは。親指と人差し指でそっとつまむ。浮気の証拠!とサスペンスさながら両手で口を抑えれば、小説のような一日の始まりとなるだろうか。実際は、鏡の前で一本の長い髪の毛を自分の頭に当ててみるだけだ。十中八九、私の毛だった。

こんなにも髪が伸びたのか……とまじまじと見つめて、ごみ箱に捨てた。しばらく美容院に行けていないから、先ほど拾ったそれも毛先が半端に切れていた。

「春は猫の毛がよく抜ける。」いつだったか親から聞いたことがある。「あたたかくなると、よく抜ける。」それは情報というよりも、小言に続く前置きだった。「だから鞄や上着は床に置かないで。猫の毛がつくと不格好だから。」母は口酸っぱくそう言った。我が家に二匹の猫がいた頃の話だ。

私が小学生の頃、ハナは我が家にやってきた。まだ小さかったからスポイトでミルクをやった。白猫でも黒猫でも茶トラでもない色。それが三毛猫というのだと初めて知った。

ハナは母以外の誰にも懐かなかった。特に子供を嫌い、私と2人の兄はまとめて威嚇された。それでも興味が勝って構いたくなってしまう。無理に抱けば腕を引っ掻かれ、キックまでお見舞いされた。ハナはよく私の親指と人差し指の間、手のひらの柔らかい部分を噛んだ。くっきりと歯形が残ったこともある。きっと狂暴なのではなく、ひどく臆病なだけだった。

次にやってきたのはミミだ。私が拾った。公園に常設された格子状の錆びたゴミ箱の底で鳴いていた。小さくて可愛いものを見て胸が締め付けられるあの感じを、生まれて初めて知ったのはあの時だ。「今度こそ『私の猫』にしよう」と決め、家に連れ帰った。人懐っこいミミはあっという間に家族に溶け込んだ。

結果からいえば、我が家はその後ハナとミミ以外に4匹の猫を迎え入れることになるのだが、ハナとミミは末っ子の私にとって初めて扱う「命」だった。同時に、家族を繋ぐ細い糸でもあった。

一見幸せそうな平凡な家族。けれども父の単身赴任や、長兄の大学進学によって、家族の関わりは徐々に少なくなっていった。といっても、争いや小競り合いなどはない。ただ会話がないだけ。他の家庭よりも沈黙が多いだけ。

次兄の不登校が決定打となり、家の中は常に不穏な雰囲気が漂っていた。母の気を引きたくて面白おかしく喋ってみる。学校のこと、友達のこと、母の好きそうな韓国俳優のこと。けれども母は生返事でテレビを見るか、時計を気にしている。部屋から出てこない次兄の生活リズムを物音だけで探っている。

けなげだった私も次第にひねくれた。中学ではアイドルの応援に、高校では恋愛にのめりこんだ。自分の部屋で衣食住を完結させた。気づけば家族なんてどうでもよくなっていた。

母、兄、私の三人が隔絶される中、ほんの一瞬部屋の扉を開けるのは、共通して「猫が鳴いた時」だった。ハナもミミも、各部屋に入りたい時は扉の前でしつこく鳴き、爪で掻く音をカリカリと立てて意思表示をした。キャットフードやトイレの世話は暗黙の了解で分担された。
会話のない家庭を、猫だけが繋げていた。

別れは意外と早かった。ミミは六歳の時に、洗面所にあったお気に入りの寝床で眠ったまま亡くなった。兄は大きな体を折りたたんで床に突っ伏すように号泣した。その場にある悲しみの全てをその慟哭に吸い取られて、こちらの涙は引っ込んでしまった。その夜、兄は動かないミミを前に泣きながら絵を描いた。私もミミの近くに寄りたかったが、そのためには兄の隣に座らなければならない。どうしてもそれができず、悼む機会を奪われたような悔しさがあった。

数年後にハナも亡くなった。ハナが弱っていく姿は本当につらかった。文字どおり寝たきりの日々が続き、痴呆もあるのかトイレの手前で用を足すことが増えた。最後は目も口も開いたまま動かなくなり、タオルにくるんで助手席に乗せて獣医の元へ急いだけれど、もう何も施せないと告げられた。

不仲だった家族は猫の死をきっかけに絆を取り戻す……と現実は上手くはいかず、またそのままの静けさで家族の距離は保たれた。新たな猫を何匹か迎えたものの、ほどなくして私も家を出た。

「春は猫の毛がよく抜ける」と繰り返し聞かされたものだから、春になると桜でも花見でもなく、猫のことを考えてしまう。父の通勤かばんの上に丸くなってしまう猫。毛のついたかばんに慌てる父と、それを見て笑う幼い私。

下書きになったままのブログがある。<あの子を想う時、写真でなく絵で思い出されるようになったのは、私のこの軟弱な記憶力のせいだ。>その書き出しだけで、過去の私が書こうとしていたブログの内容がミミのことだと分かる。公園で拾ったミミの姿が思い出せない。思い出せるのは兄が書いた亡骸の鉛筆画だけ。ハナもそうだ。ミルクを飲んでいた子猫の時代じゃなく死にかけていた姿が浮かぶ。不謹慎な場面で上書きをしてしまった記憶に、ハナにもミミにも申し訳ない気持ちになる。

そのように、幸せで平穏な日常よりも、インパクトのある出来事が記憶に残ってしまうのは、今の自分の生活を否定するようでやるせなかった。私は今、幸せだ。子供の帰りを待つだけの日々が、何にも代えがたい幸福だ。この和やかな毎日を、いつか忘れてしまうのだとしたら。インパクトのある悲しみに全てかき消されてしまうのだとしたら。

するとケトルから激しく上る湯気に、ぐっと意識を引き戻された。湯をわかすたびにコンセントを抜くのがマイルールだ。コンセントには保護カバーをかぶせることも。
粛々とこなし、カップに湯を注ぐ。午前11時、ソファに腰かけるひと時。

一息つきながら、考えを改めた。小説のような一日にならなくていいや。波のない「今日」でいい。休むだけの時間でいい。
その代わり、ずっと忘れないでおこう。こんな風に過ごした穏やかな日々のことを。書き留めておこう、撮り貯めておこう。いつでも記憶から取り出せるように。それは、思い出せない猫が教えてくれた、とても大切なことだった。

++++
画像:Michiko Designさんによる写真ACからの写真



 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でBadCats Weeklyをフォローしよう!