(by 蛙田アメコ

自分は乗らないバイクの話をします。

幸福は子猫の形をしているというけれど、孤独には形がないからこそ、こんなにも人を蝕むのかもしれません。自粛生活も丸々2年目、おおむね4ターン目に突入。ずるずると長引く、外圧によって発生する孤独。想像力に乏しい人間なのでアンネ・フランクの隠れ家生活というものについて深く考えたことはなかったのですが、なるほど彼女の潜伏生活にはこの息を潜め続ける「孤独」に感染症よりもよっぽど目に見えてわかりやすい暴力と死が紐づいていたなんて……と今更ながらに愕然としています。

もともと孤独に強いタイプで、一人きりで過ごすのには慣れっこ。時間をじゃぶじゃぶ浪費するのが趣味で、空を流れる雲を眺めて日がな一日を過ごすことも何ら苦痛ではない。おそらく私は、小説家という職業には致命的なまでに他人への興味が希薄なのかもしれません。それでも漠然と、「この閉じ切った生活を変えてくれる何か」がこの手に入らないかな……と思っていたわけです。

今期から始まったアニメ『スーパーカブ』とその原作ライトノベルは、そのものずばりスーパーカブによって自分の世界(と自らの在り方)を変えた女の子のお話です。親もない、趣味もない、お金もない……「ないないの女の子」だった少女、小熊がスーパーカブという原付に出会って閉じ切った生活を変える物語。

もう、どハマりしてしまっていました。

以前から漠然としたバイクへの憧れを持っていました。まず、一人乗りなのがいいです。暑くて寒くて雨に降られる乗り物なのもいい。あの乗り物は世界から私を守ってくれたりはしないだろうけれど、あれに乗ればどこまでも行けるのではないかしら。

外圧による孤独にどこか飽き飽きしている私に、バイクという選択的孤独を謳歌する乗り物はとても魅力的に思えました。

『キノの旅』なり『ポストガール』なり、私が好きなライトノベルにはよくバイクが登場します。まぁ、事故ったらすぐ死ぬ乗り物なので、「乗ろう!」とは思いませんでしたけど。私は臆病なのです。

スーパーカブといえば、お蕎麦屋さんの出前および新聞配達に使われる専用機だと思っていました。けれど、実際はそんなこともなく。ホンダが発売したこのバイクは世界で1億台も生産された超ロングセラーでありベストセラー。この50ccの原付は小さいながらもきちんと「バイク」の操作性を持っているらしく、優れた機械であり根強い人気のある乗り物なのだとか。

そのスーパーカブを愛機として、「趣味」ではなく「強く生存する手段」としてバイクに乗る『スーパーカブ』の主人公は、淡々としていながらも魅力的。いわゆる「趣味たのしい!」「旅サイコー!」という切り口ではなく、あくまで生活を拡張していくために、孤独で危険で楽しい乗り物であるバイクを使う……濃口の面白さではなくて、しみじみと面白い作品です。『スーパーカブ』シリーズは原作ライトノベルは7巻まで出版されていて、スピンオフやコミカライズもあり。

バイクというどこまででも行けるような気分にしてくれる乗り物と小熊という少女の小さな生活の話は、考えれば考えるほど食い合わせがいいのでしょう。だって生活というのは、どんなに飽きたって、どこまでも続くものなので。

新型コロナウイルスで世界は変わってしまったといいます。

もちろん医療は逼迫しているし、仕事を失った人や収入が大きく減った人(私もそう)がいて、居酒屋で酒を飲むことができなくなった。たしかに世界は変わってしまったのだけれど、本当にそうなのでしょうか。

一般生活の範疇でよく言われる「世界が変わってしまった」というのは、多数派・マジョリティの人々が信じてきた「生活」が失われた……という意味に思えてなりません。

他人に会えない生活を送っている人も、出勤せずに自宅で作業をし続けている人も、手洗いうがいに気をつけて、他人の咳やくしゃみが耐え難く不潔に思えてしまう人も、たしかにこの世界には存在していました。

生活はどこまでも続く。コロナ前後で世界は分断していたりはしない。地続きです。だから、私やあなたが抱えている孤独や鬱屈も、きっと以前からこの身のうちに燻っていたものなのではないでしょうか。

だからこそ、今必要なのは生活から切り離された旅物語ではなくって、生活に密着したスーパーカブと共にどこまでも続く生活に向き合う物語なのかもしれないのです。

だって孤独を気取ってバイクに乗って、どこまでも行きたいじゃないですか。

私はバイクに乗らないけれど。

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小説版『スーパーカブ』公式サイト
アニメ版『スーパーカブ』公式サイト
コミカライズ版『スーパーカブ』公式サイト

 

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