【名画再訪】人はみな多大な迷惑をかけながら生きる〜『こんな夜更けにバナナかよ』

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「人に迷惑をかけてはいけません」。その言葉を幼い頃から刷り込まれているから私たちは今日も無理な納期に向き合うし、自分のタスクが終わるまで退社しない。迷惑をかけないことで得られる「真面目で勤勉、責任感が強い」の評価。それらは褒め言葉であり、求められる規範だ。

一本の映画によってその価値観が塗り替えられるまで、私はその言葉を疑ったことなど一度もなかった。



映画「こんな夜更けにバナナかよ」は、筋ジストロフィーという難病を患う主人公とそれを支えたボランティア達の物語だ。身体の筋肉が壊れやすく、また再生もされにくいという病気を抱えた主人公・鹿野にとって自立した生活は困難を極める。

けれども鹿野は卑屈にならず、むしろワガママ全開の本音丸出しでボランティアの人間らに指示を出す。夜中に言い出した「バナナ買ってきて」という台詞がタイトルに繋がっているのも、鹿野のキャラクターを印象づける良い効果となっている。

たまたま鹿野宅を訪れた美咲は鹿野の横柄な態度に面食らい、そんな鹿野の元で介助ボランティアに励む恋人・田中の献身的な姿にも戸惑っていた。
しかし徐々に鹿野のはつらつと夢を語る姿、障がい者であれど後ろ向きになることなく生きる姿に胸打たれ、心を通わせるようになる。

劇中にこんな台詞がある。
「俺がワガママに振舞うのは『他人に迷惑かけたくないから』と縮こまっている若者に『生きるっていうのは迷惑をかけ合うことなんだ』って伝えたいからだ」

映画の中で鹿野のこのスタンスは一貫している。「迷惑」は悪いことではなく、むしろ当たり前の現象であるという考え方である。鹿野は自身が難病であることを負い目に感じてはおらず、食事や入浴、排せつを介助してくれるボランティアの人たちを堂々と「家族」と呼ぶ。

多くの欲しいものを声に出して並べ、美咲に「まさかそれ買ってこいって言ってる?」と笑われると、鹿野はあっけらかんとこう答えるのだ。
「だって自分で行けないし、誰かに頼むしかないでしょ」



一方で鹿野は母親にだけきつく当たり甘えようとしない。美咲にそのことを指摘されると鹿野はどこか寂しそうにこう答えた。
「俺が本気で(親に)甘えたら、介助以外何もできなくなるでしょう。親には親の人生を歩んでほしいっていうかさ。『子供の病気は親に原因がある』って言って謝られるのも辛いしね」

「親には親の人生を生きてほしい」――つまり親には迷惑をかけたくないという想いは、「人に迷惑をかけながら生きるのが当たり前」という鹿野のモットーに相反している。

鹿野には「障害者の世話は他人でなく親がすべきというこの国の常識を変えたい」という強い想いがあった。だからこそ親の手を借りないように、多くのボランティアの人たちと共に生きる選択をとった。傍若無人に見える彼の振る舞いには、彼なりの正義が裏付けとして確かに存在するのだった。



映画の結末で美咲と田中はそれぞれの夢を叶える。共通しているのは、その過程で鹿野との出会いがなければ夢は叶っていなかったということ。鹿野の世話をし、鹿野の考え方に触れ、鹿野に迷惑をかけられたからこそ叶った夢だった。ともすると二人は感謝すらしているのではないだろうか。鹿野から被った数々の「迷惑」に。

私にも夢がある。私は今、文章を書く仕事を細々と続けている。それだけで生計が立てられるような未来は限りなく遠いけど、この「書く」という行為、言葉で人に何かを届けたり自分の心を残したりという行為を、ゆるやかにでも続けていきたいと思っている。
そしてその夢にも周囲への迷惑は伴っている。私の頻繁に口にする「『書く』から一人にしてほしい」という要望は、娘や息子を少なからず寂しくさせてしまうし両親や夫へ手助けを求める場面も多い。

「母親が夢を見るなんて」
「子育てに専念しなよ」

散々言われてきた言葉をはねのけて、今、大声で宣言したい。私はこれからも多大な迷惑をかけていく。夢を叶えるために人に迷惑をかけながら生きる。悪いけどそうしていたいのだ。



鹿野は42歳で他界し、その生涯が閉じるまで500人のボランティアたちが支えたことがエンドロールにて明かされた。彼の夢であった英検2級合格とアメリカ行きは両方とも叶うことはなかったが、彼の前向きな姿に周囲の人たちの胸にも大きな風が吹いたことだろう。

「人に迷惑をかけてはいけません」。この映画を観終えてから思い浮かべたこの言葉は映画を観る前とでは感じ方が大きく違っていた。「迷惑をかけて生きるのが当たり前」と受け入れるからこそ、かけた迷惑に見合うほどの努力ができるのかもしれない。

「あの人にはいつも迷惑をかけられるけど、がんばっているから見放せない」と、それがこれからの時代の新しい褒め言葉になるのではないか。そんなことを考えては今日もまた一日、ワガママな自分を許せている。

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(C)2018「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」製作委員会
『こんな夜更けにバナナかよ』映画.comページ

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