『ガラスの城の約束』を観た後、一緒に鑑賞した友人と駅までの道のりを親子の関係などについてあれこれ話しながら歩いた。一人で観に行かなくてよかった。鑑賞後の感情を一人胸に抱えたまま帰るには、あまりに心が混沌としすぎていた。

本作はジャネット・ウォールズという女性が書いた自叙伝の映画化だ。映画で描かれるのは主に傍若無人な父レックスと娘ジャネットの物語である。

ジャネットの子供時代のパートには腹が立って仕方なかった。彼女は子供が「お腹が空いた」と訴えても絵を描く手を止めない画家の母親と、家族の食費分まで酒代に使ってしまう無職の父に育てられた。この両親は、入院費を払えないのか病院に育児放棄がバレるのが怖いのか、例え子供が大怪我をしようと十分な治療をしないまま、子供を病院から脱走させるようなとんでもない大人たちだ。

誰だって完璧な親にはなれないし、世間の“普通”に合わせて生きる必要はないと思うけれど、ジャネットの両親を見ていると「このロクデナシ!」と罵倒したくなる。建てられるはずのないガラスで出来た夢の家を建てると言い張りながら、電気もガスも止まったままの生活を家族に強いている父にも、夫に逆らえず子供を守らない母にも始終イライラさせられた。

私はジャネットが早くこの環境を抜け出し、両親ときっぱりと縁を切ることだけを望みながら彼女の成長を見守っていたが、両親の存在は彼女が成長した後もずっと呪いのようにつきまとう。

ジャネットが父となかなか縁を切りきれないことに対するモヤモヤ。それは私の母が、母の父と縁を切らないことに私が感じ続けていたモヤモヤと同じだった。母の父(康一と呼ぶ)は普段から気性が荒い性格だが、酒を飲むと一層タチが悪くなった。いわゆる酒乱である。

酒を飲んだ康一は、妻を殴り、暴れ、親戚に死ぬまで残る傷跡がつくほど噛みつき、職場では上司を殴った。どのエピソードも康一の凶暴さに笑ってしまうのだが、リアルタイムで大変した母からしたら笑えなかっただろう。酒問題に加え極め付けの浮気問題で、康一は家族からも親戚からも悪の代名詞的存在に認定された。自業自得だ。

私は小学校5年の時、母の出戻りというイベントによりそんな康一と同居することとなる。なぜそんな親元へ戻ったのか私には理解できなかったが、母は金銭的にその方が良いと判断したようだった。

康一とは6年一緒に暮らしたが、その間一度も一緒に食事をしなかった。珍しく康一が私に何の本を読むのか聞いてきたので三島由紀夫と答えたら「影響を受けないように」と言われたこと(康一より三島由紀夫から影響受けた方がマシだろ)、台所の扉の薄いガラスを割った時に「本性を表したな」と言われたこと、ことある毎に「電気代泥棒」「家賃泥棒」と怒鳴られたことをよく覚えている。

康一は今、老人養護施設に入っている。母は施設から連絡を受け、着るものを買い与えたり、洗濯物を引き受けたり、甘いものを差し入れしているらしい。

たまに母に電話すると「施設に行かなきゃ〜」と面倒臭そうにしているので、私はその度に「何でお母さんがそこまでしなきゃいけないの?」と怒り半分で詰め寄ってしまう。たとえ近くに住んでいようと、あんな父親とは縁を切って身寄りがないことにしてしまえば良いのに。私の意見に母は毎回「うーん」と言葉を濁す。その母の態度にイライラしたりもしたけれど、最近は、母が選択したことに私が口出すべきではないと考えるようになった。

どんなに悪い親に思えても、母の親を私が非難することは失礼かもしれない。傷ついている子供時代の母に手を差し伸べられるわけではないから。本人が人生をかけて折り合いを付け受け入れた子供時代の境遇や、築き上げた親との距離感を他人が簡単に否定してしまうのは心無い行為かもしれない。

映画に話を戻す。私はジャネットの両親にプンスカ腹を立てながら最後まで鑑賞したわけだが、ジャネットの両親に対しジャネット以上に「ロクデナシ!」と罵倒することは果たして正しいのだろうか、と少し時間が経って疑問が沸いてきた。

ジャネットは成長し自立した女性になり子供時代の良かった部分も最悪だった部分も全てを受け入れ、それを自叙伝にした。自叙伝はたくさんの問題を抱える人々に勇気を与え、更には映画として息を吹き込まれて日本に住む私の感情までを揺さぶった。この事実に賛辞を贈るだけで十分かもしれない。

(c)2019 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.
映画『ガラスの城の約束』公式サイト

 

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