(by とら猫)
職業柄、目薬をよく使う。
実際目薬は仕事の生産性を大きく左右する。目薬が切れてしまうと、どうも調子が出ないし、目薬のことばかり気になって何も手につかなくなる。なので普段は出不精が服を着て歩いているようなプロ引きこもりのくせに、この時だけは雨が降ろうが槍が降ろうが、自転車をこいで近くのドラッグストアまで補充に走る。
それくらい、自分にとって目薬は大切な存在だ。
そういうわけでこれまで色々な目薬を使ってきた。
元々は第3類医薬品に分類される、比較的安価な目薬をどれともなく使っていた。が、どうもしっくりこず、何かいい目薬はないものかとドラッグストアを物色していたある日、燦然と輝くパッケージが目に入った。
「Vロート PREMIUM」である。
そのパッケージは深い青地に金色の商品名がエンボス加工で記されており、棚に並んでいる他の安物とは明らかに別格といった気品を漂わせていた。しかも“国内最多有効成分”である12種類の成分が配合されているらしい。具体的にどのへんがすごいのかはよく分からないが、こうした数字には「黙っておれを信じろ」という三船敏郎めいた強引な説得力がある。
とにかく効く目薬を探し求めていた私は気がつくと、その市販の目薬としては破格の値がついたパッケージを手にとっていた。
ちなみにロートと聞いて思い出すのはクイズダービーと鳩である。歳がバレそうだ。
えにうぇい、さっそく帰宅して使ってみる。
するとどうだ。
目が、開いた。
「Vロート PREMIUM」を一滴眼にさした瞬間、決して大げさではなく世界がまったく違って見えた。なんかに打たれた。悟りを開くってこういう感じかも。ご霊光が見えたりはしなかったが、それまでの私はずっと霞の中で仕事をしていたようなもので、自分がすべてにおいて一歩足りない理由が分かった気がした。
だが、今はもうちがう。おれには「Vロート」がついている。だってモニターの文字が格段にくっきりと見えるし、なんだか視野も広がったようだ。タイポも減りそうだ。誤訳も。そしたらレートだって上がるだろう。となれば貧乏暇なしを脱せられる。「目薬ではじめるレートアップ術」みたいな本も書ける。コーン巻きも好きなだけ食える。いいことづくめだ。勝った、おれは勝った。ひとりぐっと拳をにぎる。
その日から私は「Vロート PREMIUM」の虜となった。今ではこれがなくなるとあっという間にやる気がすっ飛び、仕事にならない。最初のうちは、やっぱり高いので仕事のときだけは「Vロート」を、それ以外の運転のときなどは安価な目薬を使い分けていたが、結局「Vロート」だけに絞った。どこへ行くにも「Vロート」を持って出かけ、不安なときはポッケの中の「Vロート」にそっと触れると、あ、あると感じて落ち着く。
と無敵のように思える「Vロート」だが、ひとつだけ弱点がある。
猫ズによく隠されることだ。
なぜだか知らないが、猫ズは目薬が大好きだ。机の上に置いてある目薬を見かけると、すぐさまひょいと掬って下に落とし、ホッケーのようにして遊ぶ。なので拙宅では目薬がよくなくなる。
もちろん猫ズは「Vロート」がちょっとお高いことなど斟酌してはくれない。
(イラスト by Yumi Imamura)