【エッセイ】自分の平熱を知らなかった話

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(by 蛙田アメコ

――あなたは、自分の「平熱」を知っているだろうか。

3月末に体調を崩した。

私はそのころ2月初旬から(個人的事情で)はじまった自宅引きこもり活動のさなかで、世間はのちに発令される緊急事態宣言にむけて、フワフワしている時期だった。夥しい数の人間が例の感染症に罹患し、少なからぬ――いや、世界的に見れば多くの人が亡くなっている。
けれども、3月末までの私たちが抱いていた雰囲気はまさに……そう、誤解を恐れずにいえば「修学旅行の前日」みたいなものだった。

これから迎える未来に想像を巡らせ、そのくせ自分だけは酷い目に遭うことはないだろうと……多くの人はそう無意識に信じ込んでいたのではないだろうか。

そんな3月の末ごろに、私は熱を出した。
寒気とだるさと、37.8℃の発熱……Cからはじまる例の感染症が国内に広まっているさなかに出る熱は、もうなんというか最悪だった。
微熱は3日続いた。4日目にも熱は下がらなかった。いつもの私であれば、薬局で市販薬を買って数日眠ることにするだろう。けれど、世間のフワフワが、なんだかそういう気分にもさせてくれなかった。
気管支喘息……いわゆる基礎疾患っぽいものを持っている私は、完全に不安になっていたわけだ。

「もしかしたら」

そんな言葉が頭をよぎる。
万が一、私が例の感染症にかかっていたとしたら、先週いっしょにご飯を食べた人にも連絡をしないといけないなぁ……そんなことを考えながら、近所のクリニックのサイトを見ると、『微熱の続いている人は、まずは保健所に連絡のうえ受診を相談してください』と書いてあった。

――厚生労働省のホームページを閲覧し、自治体の窓口にウンヌンカンヌン。

そういうふうに書いてあった。窓口は「帰国者接触者相談センター」という名前だった。帰国もしていないし、接触もしていないのに……そんなふうに感じながら電話をした。

今の体温を伝えた。
先週の行動を伝えた。
あっさりと「クリニックに行って、何か言われたら電話してOKだったと言ってください」と言われた。

クリニックにはたくさんの人がいて、それでもみんなが例の感染症のことを噂していた。
抗生物質をもらって、頓服の解熱剤をもらって帰宅した。

それから約1ヶ月……私の体温は、今日も37.0℃から下がらない。
大人になってから自分の体温を毎日測るなんてことはなかった。プールに行くことも修学旅行に行くこともないからだ。せいぜいが体調が悪いときに体温を測定し、39℃を超えていればTwitterで大騒ぎして同情を誘うくらい。

いつまで経っても37.0℃から下にこない体温計の表示を眺めて「うーむ」と唸っていて、ふと気づいたのだ。
あれ、私、自分の平熱って知らなくない?

調べてみると、日本人の体温の標準は36.5℃〜37.0℃。意外と高かった。なんでも、37.2℃くらいまでは「平熱」なのだという。発熱の基準は37.5℃、あるいは「平熱よりも1.0℃程度高い場合」なのだという。ここでも平熱だ。

私たちはフワフワした世の中で、いとも容易に基準値というのを見失いがちになる。
いつもの私は何を思い、何に笑い、何に怒っていたのだろう。いつもの私は1日何回お手洗いに立つのだろう。食欲が正常な状態ってなんだろう、平熱って何度だろう。

私は今日も、私の平熱を知らないままだ。

++++
画像:毛並良好さんによる写真ACからの写真


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この記事を書いた人

蛙田アメコのアバター 蛙田アメコ ライトノベル作家

小説書きです。蛙が好き。落語も好き。食べることや映画も好き。最新ラノベ『突然パパになった最強ドラゴンの子育て日記〜かわいい娘、ほのぼのと人間界最強に育つ~』3巻まで発売中。既刊作のコミカライズ海外版も多数あり。アプリ『千銃士:Rhodoknight』メインシナリオ担当。個人リンク:  小説家になろう/Twitter/pixivFANBOX