【関根という名のうさぎ】第2話:月に帰らないうさぎ

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こんにちは、関根です。関根という名のうさぎです。

今しがたインターホンが鳴って、大きなダンボールが届きました。その中には、先日飼い主その①がいつものようにネットで注文したわたしのためのあれやこれやが詰まっています。長年食べ続けているお馴染みのペレットが二袋、わたしの大切な主食である牧草が六袋、そして買い置きが二つあるのを忘れてまた二つ買ってしまった藁ボール。

このネットショップでは5,980円以上購入すると送料が無料になるらしく、どうしても送料をケチりたい飼い主その①は5,980円の壁を超えようと毎度毎度すぐには消費できない量をまとめ買いしてしまうので、ダンボールが届いたあとはいつも収納から溢れ返った在庫がわたしのケージ横に無理くり積まれる事態となります。インテリア的な視点でいえば雑然以外の何物でもないのでしょうが、わたしにとっては食いっぱぐれる心配がなさそうで、大変心強く好ましい光景です。

しかし残念なことに、今日届いたダンボールの中身がケージの横に積まれることはもうありません。ペレットや牧草を食べることも、藁ボールを転がすことも、もうできません。

何を隠そうわたし、昨日死んでしまいました。10歳10ヵ月でした。連載の第二回目にしてまさかの本人死去という衝撃の展開に、自分でもびっくりしています。

経緯をご説明しますと、最近なんだか息苦しくてだるくて、普段なら一日中ぽりぽりするほど大好きな牧草を食べる気さえ起きなくなってしまい、おかしいなあとぼんやり思っているうちに、何だか体に力が入らなくなってふらふら。すてんと転んでしまうこともしばしば。次第に自力で起き上がるのが困難となり、数日のうちにすっかり寝たきり状態となってしまったのです。草食動物としてあるまじきことですが、もはや周りの様子を察知することもままならず、息苦しさに耐えることで精いっぱい。それでも飼い主その①とその夫である飼い主その②がとても心配していることは、なんとなく伝わってきました。

一昨日、飼い主その①に連れられ、いつもの病院に行きました。診断は肺炎。体温が低下し、体重も極端に落ちているとのこと。どうりで動けないわけです。診察台の上に横たわり、「人間でいうところの危篤状態です」という先生の言葉をぼんやりと聞いていました。

こちらの先生はとても丁寧で優しいことに加え、腕毛がやたら濃いので親近感もあり、安心できるかかりつけ医でした。超高齢うさぎであるわたしの食欲が一向に落ちないことに驚き、「頑張ってるねえ!すごいねえ!」といつも褒めてくれました。そんな先生にお会いしたのも結局この日が最後となってしまいましたので、二年間お世話になったこと、この場を借りて御礼申し上げます。診察のたび肛門に体温計をぶっ刺されたこと以外は大変感謝しております。

危篤という非常にショッキングな診断を下されても、飼い主たちは諦めていないようでした。寝転んでいるより座っている状態の方が呼吸が楽なはずとの先生からのアドバイスに従い、座ったままの姿勢を保てるよう、わたしの前後左右に丸めたタオルを置き、四方を囲みました。タオルに身を委ね、顎を乗せていると、少し呼吸が楽になったので有難かったです。それまでは目も開けていられないし、周囲の匂いを嗅ぐ気力もなかったのですが、だんだんと周りがちゃんと見えるようになり、鼻もひくひくできるようになりました。

一夜明けて、昨日の朝。ずっと水も飲めない状況だったのですが、野菜ジュースという飲み物を生まれて初めて口にして、衝撃が走りました。あまりにもおいしい。思わずぐいぐい飲んでしまいました。この世にこんな甘くておいしい飲み物があったなんてもっと早く知りたかったですが、おそらく常飲させてもらえるほどうさぎの健康に良いものではないのでしょう。固形物が全く食べられない緊急事態なので特別に、ということらしいです。確かにこれは禁断の味。わたしにとって最大のごちそうであるチンゲンサイをも超えるくらい、ものすごくおいしかったです。

野菜ジュースのおかげで少し生気が戻ったわたしでしたが、それもほんの束の間でした。夕方頃からまた息苦しさが強くなってきて、さっきまであんなに飲みたかった野菜ジュースでさえ喉を通らず、病院からもらった薬も飲むことができなくなりました。仕事から帰った飼い主その②が回復を信じてチンゲンサイを買ってきてくれたようですが、それも食べられそうにありません。

そして、その夜。

ほんとうにもうだめ、という波がきました。傍から見ても明らかに様子がおかしかったのでしょう。ソファに座っていた飼い主その①が飛んできて、すぐに寝室で仮眠していた飼い主その②を起こしに行きました。わたしは飼い主その①に抱かれ、その②にも抱かれ、またその①の元に戻されたところで、二人に名前を呼びかけられながら、その腕の中で最後を迎えたのでした。二人はぼろぼろ泣いていましたが、ちゃんと二人が揃って家にいるときに逝ったわたしは、なかなか飼い主孝行なうさぎと言えるのではないでしょうか。

わたしは現在、ふかふかのタオルを敷いたバスケットの中で横たわっています。傍らには昨日食べられなかったチンゲンサイが一枚、供えられています。こういった場合、花を供えるのが普通だと思うのですが、チンゲンサイでも代用できるものなのでしょうか。飼い主その①とその②の結婚式にはリモートで出席したわたしですが、あいにく葬式には参列した経験がないのでそのあたりの葬送儀礼はよくわかりません。好物を置いてくれた気持ちは有難く受け取っておこうと思います。

朝、バスケットの中から仕事に行く飼い主その②を見送り、今は飼い主その①のそばに寄り添っています。飼い主その①の様子はどうかというと、歯を磨いたり、さめざめ泣いたり、かと思えばいつものようにスマホで漫画を読んだり、おいおい泣いたり、そんなことを繰り返しています。飼い主その①の生活を10年以上ずっと見てきたわたしですが、過去最大級に情緒がおかしいです。

いつもわたしに対してドライだった飼い主その①がこんなに泣くなんて意外でしたが、悲しませて申し訳ない反面、ペット冥利に尽きるなと思いました。あの皮肉屋であまのじゃくな飼い主その①が、泣きながら素直に「今までありがとう」なんて言って頬の毛を撫でてくれるのですから、一生に一度は死んでみるものです。

さて、うさぎを飼っている人たちの間では、うさぎが亡くなったことを「月に帰った」と表現したりするそうですが、以前から飼い主その①はその考え方に賛同しかねるようでした。というのも、飼い主その①の唯一嫌いな食べ物というのがよりにもよって餅なのです。「私が嫌いな餅をつくために関根がわざわざ月に帰るはずがない」とのことです。更には、「関根は餅をつくのが嫌になって月からこっそり逃亡し、餅嫌いで気が合いそうな私の元にやってきたに違いない」などと“関根夜逃げ説”まで提唱していました。想像するのは勝手ですが、わたしは茨城の生まれです。

そんな飼い主その①への忖度というわけではありませんが、確かに餅をつく労働に従事するのは億劫ですし、宇宙空間に一旦出なくてはならない点も正直不安なので、月に行くのはやめておこうと思います。しかし、ただ骨になるだけというのも、やはり寂しい気がします。

そこで考えたのですが、わたしは『千の風になって』でいこうと思います。そうです、「私のお墓の前で泣かないでください」というあの曲です。以前、酔っ払った飼い主その①が「あの歌詞の考え方は非常に納得できる」というようなことを酔っ払いならではの謎の真剣さで熱く語っていたのを聞いた覚えがあります。

あの曲によれば、死んだら千の風になって大きな空を吹きわたったり、光になって畑にふりそそいだり、雪になったり鳥になったり星になったりするらしいのですが、如何せん、わたしはリビングに解き放たれても自らさっさとケージに帰ってしまうような超インドア派うさぎでしたので、あんまり壮大なのはちょっと荷が重いです。なので、千の家具家電にでもなろうと思います。冷蔵庫になって、テレビになって、時計になって、ダイニングテーブルセットになって、リングフィットアドベンチャーの丸いやつになって、飼い主二人を見守ろうと思います。リングフィットアドベンチャーの丸いやつは最近使っているところをほとんど見なくなったので、鎮座するにはちょうど良いでしょう。

わたしはこれからもずっと、二人のそばにいます。

千の家具家電になってしまえばこっちのものです。連載はまだ始まったばかり。10年10カ月分の昔話もありますし、これからの飼い主たちの様子もお伝えしていけたらと思います。

関根死すとも連載死せず。わたしの話にもうしばらくお付き合いいただけたら幸いです。

++++
(c) 関根

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この記事を書いた人

北の大地でエッセイなど書いています。
文芸/飲食/音楽/ラジオ