(by みくりや佐代子

仕事を早めに切り上げて午後にふらりとヒトカラへ行った。

とりあえずサカナクション「新宝島」を入れて、一度目はPVを視聴する。
リリースからはもう1年経つ曲だが自分の中でブームが去る気配がない。目に飛び込んでくるオレンジと白のバイカラーは真新しく、狭い部屋にたったひとりで大画面と対峙しているこの空間を贅沢に思った。

再度「新宝島」を入れて、二度目はマイクを手にして座ったまま歌う。これだけ聴いてきたのに歌詞はうろ覚え。字幕をなぞりながらだとPVを眺める余裕がない。

昔から歌手ってスゲーなと思う理由の一つは「歌詞を覚えていること」だった。私はドライブ中に大声で熱唱してもだいたい一番と二番が逆だったりして、でもそれも全然気にした試しがなくて、そういえばいつも「歌詞全然違うよw」と運転席から茶々入れてきたあの元彼は、今もどこかで元気にしているんだろうか。

三度目の「新宝島」の途中でメールが入る。相手はラジオ制作関係者らしいが顔はTwitterのアイコンでしか知らない。仕事のことを考えたくはなかったけど相手がレスが早いのでそれに合わせる。おかげで一番のサビ以降はろくに歌えなかった。

私はその文面に浮かぶ「仕事」……と呼ぶには小さな種のようなものが、芽を出さないことを知っていて丁寧に返事をする。近い未来のネガティブなことが予期できるのが特技だと思っていて、その能力によると私はきっとこの人にもうすぐ”飽きられる”。真新しく感じられたPVがやけにレトロに見えてきた。

音楽が鳴り止むと、画面にはよく知らないアーティストの最新曲が宣伝的に流れた。「ブレイク間近!」「業界大注目!」なんて言葉は活気があっていいなあ、と眩しく見える。
こんな生活とはほど遠い言葉、平日昼間から一人でカラオケで馬鹿の一つ覚えのように同じ曲を繰り返す、そんな30過ぎた女には縁遠い言葉を私は一文字ずつ角膜に刻んだ。ブもレもイもクも私のものにはならない。わびしい。神様、私はこの生活を保つので必死、今できるコレが精いっぱいの「生」なのです。

そして私は四度目の「新宝島」を入れた。幸せに貪欲な自分のために。
お世辞にも歌の上手くない私はせめて大きな声で歌うことを心掛けている。人がいようといまいとそれは変わらなかった。
ひとつひとつ、励ましのようなその歌詞をかけらも頭に入れず、ただ目の前にある文字を大きな声ではっきりと歌った。なにがレトロだよ、レトロに見せてんだよサカナクションが。分からずやの自分に毒づいていた。今度は社用携帯がピコピコと鳴っていたが右手で素早く「30分後に掛け直します!」と送信した。

ふうと息をついて灰皿を探した。何をしているんだろう、でも何も歌いたい曲が無いのだ。じゃあどうしてここに来たのかなんて私自身も皆目分からなくて、ただ自分の今夜を、明日を、一か月後を探るように手を伸ばした。灰皿はどこにもなかった。

たまらなくなってフロントへ電話した。
「あの、すみません入る時ちゃんと見ていれば良かったのですが、こちらは禁煙ルームでしたか?」
「恐れ入ります。当店は全室禁煙になったんですよ」

あ、そうなんですねすみません、はい、はい、分かりました。ひょこひょこと頭を下げて電話を切り、くたっと首をもたげた。すべてがまるきり情けなかった。「あの、すみません」から始まる英語の参考書にも載らないまるきり情けない構文、喫煙者排除が世の中の流れなのは明白であるのに勝手に置いてけぼりになった気持ち。
「は?いまだに吸ってんすか煙草なんて。ダッサ。しょうもないイキリですね」、誰もそんなことは言ってないのに耳元でそう聞こえた気がした。私の声だった。

しばらくぼーっとした後、くそう!と何かを振り切るように「新宝島」を入れた。五度目の正直。私はサカナクションだ!山口一郎だ!私は、音楽だ!音そのものだ!立ち上がって腹の底から声を出して歌った。

思えばカラオケで立ち上がって歌うことなんて久しぶりだった。いつもカラオケで立ち上がって歌う人を座ったまま眺めているタイプだった。けれど今日はとてつもなく何かに抗いたい気持ち。だから架空の敵をそこに作ることにした。歌いながらデンモクを手に早々と次の「新宝島」を検索して、予約ボタンを機材でなくその敵に向けて撃つ。

五度目のアウトロを消すとすぐに六度目のイントロが流れる。テーブルに置いたデンモクがけたたましい光を放ち、残り時間を知らせてくる。「延長しますか」?するわけがない。獲物は一度で仕留めるのだ。来たる最後の「新宝島」!!!

“次も その次も その次もまだ目的地じゃない
夢の景色を 景色を探すんだ 宝島”

最後に観たPVはやたら現代的に映った。部屋の真ん中で肩を上下させる私は「生」をかたく握りしめていた。

歌の終わりと共に退室時間となった。少ない荷物を肩にかけてフロントで会計をした。1時間で270円。びろんと流れ出た長細いレシートは血圧の検査結果に似ていた。大丈夫、今日も正常です。そう言われた気がした。

自分への応援歌のように名残惜しくそのメロディを口ずさみ、エレベーターのドアを閉じる。

++++
画像:紺色らいおんさんによる写真ACからの写真

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でBadCats Weeklyをフォローしよう!