【この一曲】東京事変“私生活” 〜私を前へと歩かせ続ける遠くのあなたへ〜

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≪酸素と海とガソリンと/沢山の気遣いを浪費している≫
このフレーズを耳にしただけで、わかる人はきっと胸をつかれる思いがするだろう。

東京事変、“私生活”。私もまた、この曲を何度聴き、何度背中を押されてきただろうか。

≪酸素と海とガソリンと/沢山の気遣いを浪費して≫
≪行ったり来たり繰り返し/僕は時代によいしょする≫
ギター、そしてピアノの音色のシンプルな美しさが際立つメロディにのせて歌われるのは、うだつの上がらない自分のこと。靄のかかったような、ぱっとしない毎日のこと。
そこにひと筋差し込む光のように存在するのが「あなた」だ。
≪既存の地図を暗記してもきっと/あなたへ向かう≫
あなたは、この相手を誰に重ねて聴くだろうか。恋人? 憧れの先輩? 片思いの相手? テレビの中のスター?

その時々によって、好きな人だったり、ステージ上のスターだったりとその相手を変えてきたけれど、私にも「あなた」がいた。
遠くから見ているだけで眩しくて、その人を見ていると自分の冴えない日常まで少し輝いて見えるような「あなた」。そのまばゆさに見合いたいと、自然と背筋が伸びて、前より少しだけ自分を好きになれるような、そんな「あなた」が。

*

≪あなたが元気な日は/そっと傍に居たい≫
“私生活”で特に心を掴まれたのは、このフレーズだった。
普通なら逆だろう。「あなたが苦しい時は傍にいる」「つらい時は傍にいて」。そんな風に歌われることのほうが、たぶん多い。

けれど、そんな詞を聴くたび、私は反対のことを考えた。「あなた」に弱いところや情けないところは見せたくない。たとえ虚勢でも、「大丈夫」と言い張りたい。地球から見る月みたいに、裏側は隠して、明るい顔だけが見えるようにしていたい。そう思っていた。
いつも眩しく見える「あなた」にだってきっと、うだつの上がらぬ日常と、情けない表情があるのだとわかっている。けれど、決してそうとは見せない強さに、少しでも見合うようになりたくて。

端麗なピアノの旋律のなか、椎名林檎のハスキーボイスが歌い上げるそのフレーズは、そんな気持ちを単なる虚勢ではなく、まっすぐ生きるための矜恃に変えてくれた気がした。

日常なんてものは、誰しもうだつの上がらない、情けないものかもしれない。けれどその中にあってなお、何かを、誰かを追いかけてもがく時にこそ、“私生活”という曲はよりいっそう深く響く。

*

きっと私はいつまでも「あなた」に追いつけない。
待って、行かないで、と何度も叫ぶけれども、「あなた」はいつもあまりにも遠く、振り返ることもなく進んでいく。
それでいい。
だって、≪生きているあなたは/何時でも遠退いて僕を生かす≫。
「あなた」が先をゆく限り、眩しく光っている限り、私は立ち止まれない。諦めきれずに立ち上がり、苦しくてもまた「あなた」に向かって歩き出してしまう。そういうやり方で、何度も手を引っ張られ、生かされてきた。

「あなた」を、私はずっと追い続けるだろう。
そして、立ち止まりそうになる時はいつだって、この曲が追い風のように背中を押す。

++++
東京事変公式Youtubeより、“遭難”

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東京事変/公式Youtubeチャンネル

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この記事を書いた人

音楽メインにエンタメ全般をカバーするライター。rockin'onなどへ寄稿中。個人リンク: note/Twitter