(by 冬日さつき

幼いころ住んでいた家の押し入れに、今でもゲームがたくさんしまってあると母親が教えてくれた。かつての宝物を思い出したような気持ちになって、持って帰ってきてもらうことにした。たくさんのカセット(いまはもうそんなふうには言わないのだろう)やディスクを見て、すぐにいろんなことを思いだす。釣りのゲームでエリック・サティを初めて聴いたことや、筋肉番付のゲームで「胃がキリキリする」という言葉を覚えたこと。その中でも、わたしはシミュレーションゲームがとにかく大好きだった。

そう思うと、どうぶつの森が出たときのことはあまり記憶にない。長い間プレイした思い出はあるけれど、どんなふうに宣伝されて、なぜ当然のように買ったのか思い出せない。母親が持って帰ってくれたゲームソフトの中には、64のどうぶつの森が入っていた。カセットには名前を書くところがあって、わたしは油性サインペンでじぶんのフルネームを書いている。

どうぶつの森では、森の住人として家を持ち、家具を集めたり魚を釣ったり虫を捕ったりしながら、実際とおなじ季節を歩んでいく。いままで64、ニンテンドーゲームキューブ、ニンテンドーDS、Wii、ニンテンドー3DSのシリーズがあり、ふり返るとわたしはそのすべてで遊んでいた。

そして、わたしは1年以上前から今回の『あつまれ どうぶつの森』(Nintendo Switch)を楽しみにしていた。「ほんとうに発売するまで生きているかなあ」と心配のあまり同居人にもらしたこともあった。ただ、事前情報を見て、どうしても懸念していることがあった。それは、「できることが増えすぎているのではないか」ということだった。

マイデザインというドット絵が描けるような機能を使って、じぶんの好きな洋服、壁紙、いろんなものを作ることができる。はじめのシリーズに比べて、それらは大きく進化していた。3DSのときには、すれちがい通信をした人の家が見られるようになっていて、そこで使われている家具をゲーム内のお金で買うこともできた。だけれど、いろんな工夫がほどこされた家々を見て、そこでわたしいいなと思った家具をいくつか購入したあと、わたしは自然とどうぶつの森から遠ざかってしまったのだった。わたしにはこんなの作れないだろうなと、どこかで感じたのかもしれない。

実際にやってみると、それは大きな杞憂だったことがわかる。今回の無人島という設定で、なにもない場所でのテント生活からはじまる。前のシリーズよりもできることが増えているのに、「自由すぎて何をやればいいのかわからない」というふうにはならなくて、十分にたのしめる。子どものころに遊んだわたしのような世代にとっては、すべてがなつかしく、それでいてあたらしい。それがなんとも絶妙なのだ。

たとえば、キャラクターが当時とまったく同じ台詞を言う場面が多くある。その変わらない部分と、変わった部分のコントラストが絶妙で、まとまりがある。『ポケットモンスター ソード・シールド』をしたときも、当時のシリーズと同じ台詞が流れる場面をいくつか見た。わたしのまた一つ上の世代にも、こういうリバイバル(というと語弊があるかもしれないけれど)のようなものがあったのだろうか。

ゲームを始めてすぐ、男の子か女の子かを選ぶ場面があるのだけれど、「あとで変更もできます」と書いてある。そして、前は男の子が女の子の服を買おうとするとおどろかれるというシーンがあったのだけれど、それもなくなっているらしい。性別なんて関係なく、お互いがお互いの髪形を試したり、服を着たりすることができる。

ほかにも、Switch本体の言語設定を変更することで、別の言語で遊ぶこともできる。おなじみの台詞やダジャレが、英語ではどうなっているかを確認するのもとてもたのしい。いろんな表現や言い回しが見られるので、語学学習としてもきっと使える。(対応している言語はこちら

わたしはとにかくじぶんのペースでやれるゲームが昔から好きだった。だからこそ、どうぶつの森シリーズを好きになったのかもしれない。いまでは勝ち負けがあるような競い合うゲームも楽しむようになったけれども、ひとりで黙々と、釣りをしたり、岩を壊したり、インテリアを整えたりするのはやっぱりとても落ち着くのだった。

人と比べる必要のない、したいことだけができるじぶんだけの島。外に出るかわりに、安全でやさしい場所の中でしばらく遊ぶのもいいかもしれない。


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© 2020 Nintendo
『あつまれ どうぶつの森』公式サイト

 

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