【旅行エッセイ】蛙田アメコの土佐日記(後編)~旅の効能~

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(by 蛙田アメコ)(前編からの続き

(2)「帰京」
旅というのははじまった瞬間から、終わりに向けて動き出す。
なんのプランも旅程もない、真っ白なノートを埋めるような旅程は終わってみればあっという間だったけれど、iPhoneに残ったたくさんの写真が楽しかった思い出を呼び起こしてくれる。

◇空港の観光案内所でショボくれる
さて、旅先で何をするか考える体力も残っていなかった私が高知旅行を大いに楽しめた理由のひとつに、「高知龍馬空港の総合案内窓口のおばさまが、とっても親切だったこと」が挙げられる(ちなみにもうひとつは、「龍馬パスポート」という特典付きの観光名所スタンプラリーだ)。成田行きのリムジンバスで泥のように眠り、成田からの機内で死んだように眠り、たどり着いた高知龍馬空港。その総合案内所に、私は青い顔で立っていた。

「あ、あのう……(死にそうな顔)」
「あら、どうしました!」
「さ、3泊4日で、宿だけとったんですけど……その、どこを観光したらいいのかわからなくて」

という、「え、自殺でもするの??」と思うであろう相談に、観光案内所のおばさまはニコニコと答えてくださった。桂浜などの定番の観光名所のほかにも、ご飯の美味しいお店や、路面電車の乗り方、龍馬パスポートの活用方法、さらにはその日の過ごし方のプランなどを、一緒に楽しく考えてくださった。

桂浜、坂本龍馬記念館、桂浜水族館、ひろめ広場、創造広場アクトランドにのいち動物公園、佐川の街並みに青山文庫……電車と徒歩で行ける場所だけでも楽しいところはたくさんだ。

この段階でとっても気分がよくなって、いよいよ旅が始まった気持ちになったのを覚えている。

なお、このおばさまは「この、佐川っていう町は本当に素敵でね、私も大好きな町ですよぉ。お酒も美味しいし」と、佐川という町の観光を大変に推していらっしゃった。

「もうね、佐川に行かれるならもうその日は市内に帰ってこないでいいくらい!」

と。え、そこまで言う? と驚いたが、二日後に訪れた佐川は、酒蔵と庭園と古文書のあふれる穏やかな町並みだった。ありがとう、おばさま。

◇旅の思い出
たくさんの場所に行った。最初は観光案内所でもらった地図を片手におっかなびっくり有名な観光地を目指した。
高知といえば、桂浜。どこまでも綺麗で広い海で、東京湾とはなんか違った。外海直結感が凄い。海の向こうには何があるんだろう、という気持ちになった。
例の龍馬像もちゃんと建っていて、晴れた空の似合う像だなと思いながら見上げた。ちなみに、時期によっては、龍馬像の目線まで登れる足場が設置される。

その時期だったので登った(100円かかる)。

なお、桂浜の坂本龍馬像の視線の向こうには室戸岬の中岡慎太郎像が建っていて、目が合うようにできているという逸話はウソだそうだ。そういう「有名な逸話が実はウソ」という話は好きなのでもっと聞きたいなと思った。

桂浜水族館がとてもよかった。具体的には金属のトングがひしゃげる顎ヂカラを持つウミガメに100円で餌付けをできるとことか、超ハイレベルなトドアシカショー(見たことないバックフリップをキメるアシカさんがいた)とか、そういうのがよかった。あと、トノサマガエルの展示等がある。渋い。蛙はペンネームにするくらい好きなので、ずっと見ていた。一人旅は、トノサマガエルを15分間じっと眺めていても誰にも文句を言われないから最高だ。

桂浜の崖の上にある坂本龍馬記念館にも行った。握手できる彫刻シェイクハンド龍馬が迎えてくれて、ちょっと笑った。余談であるが、友人に「いわゆるオタクは、自分の痕跡を写真に残すことを極端に避けるよね」という指摘を受けた。たしかにそうだな、と思った。旅先の写真を見返してみても、そこには自分が写っている写真は一枚もない。

史跡めぐりもした。『おーい、竜馬!』(漫画 小山ゆう、原作 武田鉄矢)というとても面白い漫画が好きなので史跡巡りもしてみようと思い立ったのだ。聖地巡礼というやつ。史跡というのは存外に地味で、道端にある石碑に『吉田東洋先生遭難地』とか『才谷屋跡地』とか書いてあるだけだったりする。その石を目指して歩いて、パシャパシャ写真を撮ったり、「150年前にこのへんで……」としみじみしたりする遊びだ。めちゃくちゃに楽しい。

ちなみに、この旅で一番綺麗な写真が取れたのは、人斬り以蔵として有名な岡田以蔵の実家跡地から、彼の師匠である武市半平太の道場跡地までの通学路だったであろう道をテクテク歩いているときだった。

夕焼け。当時から同じ位置にかかっていた橋の上から見た。こんな綺麗な夕焼けを昔の人も見ていたのだろうなと思うと、なんともいえない気持ちになった。旅は、何でもない風景でもちょっと特別な気分にさせてくれる。(ちなみに後日、岡田以蔵の墓参りにも行った。山のうえの竹藪のなかにあるお墓なので、10月末にもかかわらず藪蚊さんたちが元気だったのが印象的だった。)

高知はお酒も食べ物も美味しかった。ひろめ市場は朝11時からお酒を飲んでも怒られない素敵な場所。居酒屋フードコートみたいなかんじ。なお、すぐ裏手に武市半平太が切腹した場所がある。ただし、ランチタイムはスーツのサラリーマンさんたちがたくさんいるので罪悪感が多少あるので注意だ。ちなみに、一番美味しかったのは、地元にお住まいのTwitterのフォロワーさんに連れて行っていただいた安兵衛という餃子屋さん。街中の屋台で営業していて、スナック感覚の一口餃子が美味しい。最高に美味しい。深夜3時まで営業しているそうだ。

観光案内所のおばさまのオススメの町、佐川にも行った。タイムスリップでもしたかしら、というくらいにレトロな街並みが広がっていた。青山文庫という歴史資料館の近くは、山ひとつが美しい自然公園になっている。穏やかな時間の流れる土地で、木造のいい感じの旅館などもあった。

たくさん歩いて、たくさん食べて、たくさんのものを見た。

夢中になっていた。ああ、ほかにも高知城に行きたい。のいち動物公園も行ってみたい。創造広場アクトランドってどんなところだろう。護国神社にある石碑も見てみたいけれど、飛行機の時間に間に合うかしら……気がつけば観光案内所で泣きそうになっていたショボくれ旅行者は、もうどこにもいなかった。

◇旅は日常と繋がっている
3泊4日の旅程はあっという間に終わってしまった。夢見心地のまま高知龍馬空港で搭乗手続きを済ませた私は、ぼんやりと考え事をしていた。

「東京に帰ったら何をしようかしら……」と。それは、実はとんでもない進歩だった。なぜって、高知についたばかりの自分がどんな観光地に行くかすらまともに決められる状態ではなかったのだ。だから、帰京したあとのことを考えている自分に気づいたとき、心底驚いた。私は旅先で、未来のことを考えて生きる「日常」を取り戻したのだ。

旅というのははじまった瞬間から終わりに向けて動き出して、そして私が日常に帰ったあとも続く。真っ白なノートみたいな旅程に埋め尽くされた大小の思い出を眺めれば、かつて旅をした時間にいつでもどこでも飛んでいけるのだ。

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この記事を書いた人

蛙田アメコのアバター 蛙田アメコ ライトノベル作家

小説書きです。蛙が好き。落語も好き。食べることや映画も好き。最新ラノベ『突然パパになった最強ドラゴンの子育て日記〜かわいい娘、ほのぼのと人間界最強に育つ~』3巻まで発売中。既刊作のコミカライズ海外版も多数あり。アプリ『千銃士:Rhodoknight』メインシナリオ担当。個人リンク:  小説家になろう/Twitter/pixivFANBOX