エッセイ

さゆりちゃんをご存知だろうか。

知らないだろう。無理もない。なぜならさゆりちゃんはとあるコンビニで働くスタッフだからだ。

さゆりちゃんが他のスタッフと一線を画しているのは、かなりのご老体だということだ。顔は皺くちゃで、腰も曲がっており、 手塚治虫の漫画に出てくるお婆ちゃんを彷彿とさせる。かくしゃくとしているとは言いがたく、正確な年齢は不明だが、ヘタをすると80歳近いのかもしれない。口紅がやけに赤い。

さゆりちゃんはこのようにお婆ちゃんなので、全体的に動きがスローモーだ。他のスタッフに比べて、何をするにしても処理に3倍くらいの時間がかかる。マルチタスクも苦手だ。けど仕方がない。お婆ちゃんだし。

さゆりちゃんがなぜ、この歳になって、とりわけ覚えることが多くて大変そうなコンビニでのバイトを始めたのかは分からない。ただ、店長らしき人物の態度から察するに、望まれて雇われているわけではないようだ。余人には与り知らぬ、やんごとなき事情があるのだろう。

ご存知のとおり、昼飯時のコンビニのレジはどこも戦場と化す。ここのコンビニは、都内のそれと比べたら長閑なものだが、それでも古希や喜寿(推定)を過ぎたさゆりちゃんにとっては過酷すぎる職場である。どうしても列が延びてしまうし、客もいらつく。店長もいらつく。険悪なムードがレジを包み込む。

ある日、さゆりちゃんがレジを必死に打っている間に、私がいつものごとく商品をみずからビニール袋に詰め込んでいると、カウンターの向こうからつぶやき声が聞こえた。

「いつもお客さんみんなに手伝ってもらっちゃってね…」

ただでさえ小さい体をさらに小さくして謝るその姿を見て、私は正直、さゆりちゃんは長くは続かないだろうと思った。

それから約3か月。

さゆりちゃんは今もレジに立っている。

相変わらず動きはスローモーで、マルチタスクは苦手のようだが、一通りの業務はしっかりと身についており、少なくとも単純なミスは劇的に減った。以前は厳しく接していた店長も、そんなさゆりちゃんを見て、もはや腹をくくったような苦笑いを浮かべている。

さゆりちゃんがこの歳になってコンビニでバイトを始めた理由は今でもわからない。

それでもさゆりちゃんは見慣れたコンビニの風景になんとか溶け込んでいた。

(イラスト by Yumi Imamura


 

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