【ノベルゲーム講座】第5回:新作『Silence of Switchblade』の原点を訪ねて 〜『さよならを教えて』における狂気とは 〜

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(※本稿には『さよならを教えて』のネタバレが含まれます。未プレイの方はご注意ください)

もし自分がゲームを作り始めた理由となったノベルゲームをひとつあげるとすれば、『さよならを教えて』になるだろう。

この作品を知ったのは、まだ中学生のころ。ニコニコに上がっていたプレイ動画を偶然目にしたのがきっかけだった(正確には、偶然かはよく覚えていない。もともとどこかで知って調べただけかもしれない)。当時は小説を読むことを覚え、いろいろと面白そうな作品を漁っていたのだが、その中でも『さよならを教えて』は格段に読みやすく、まさに自分が常日頃抱いている鬱憤を代弁してくれる作品に思えた。この作品は18禁だが、プレイ動画ではエロシーンは削除されていた。18歳の誕生日を迎えると、私はさっそく『さよならを教えて』(*リンク先閲覧注意)を購入して、スマホにDLした。

あらすじを説明しておこう。主人公は、教育実習生としてとある女子高に通う人見広介。無事に教育実習を終えて正規の教員になるのが目的だったが、彼は不安や緊張、対人恐怖で精神的に疲れきっていた。あるとき彼は、奇妙な悪夢を見る。それは自分が怪物となって美しい天使を蹂躙するという夢だった。校内の保健医に悪夢のことを相談していると、ひとりの少女が保健室を訪れた。彼女は夢で見た、天使に似ていた――

本作について、DLsiteのレビュー欄を見ると、「鬱」「狂気」「救いようのないラスト」といった単語が並んでいる。たしかにゲームの「言葉、男、狂気、少女、さよなら」というキャッチコピーや(どこか物々しい)注意書きからも「陰鬱さ」は感じられる。しかし、設定資料&原画集内の、長岡氏と石埜氏の対談では、

  長:(前略)……話は変わるけど、さよ教は「鬱」ゲームじゃないよね?
  石:悲劇だよね、単純に。プレイ後、鬱になる可能性については置いておくとして。
  長:悲しいお話。物語を提示してる。
  石:あと、SFとか幻想文学の観点からいうと、確実に幻想文学/幻想芸術の範疇だとは思う。
  長:なおかつ私小説っていうね。
(『comment te dire adieu さよならを教えて 設定資料&原画集』、17頁より)

と述べられている。もし作品について、作者の発言を額面通りに受け取ってよいのだとすれば、ここには一種の乖離が表れているようにも思える。つまり、少なくないプレイヤーが本作の読了に憂鬱な感情を抱いている。そして作品の周辺情報も確かに陰鬱さを意図的に表現している。しかし、制作者たちの言うところでは、「鬱」は『さよならを教えて』にとって必然的な感情ではない。「そうなることもありうる」という、いわば副産物の感情にすぎないのだと。

ではこの作品は何なのか。上述のとおり「悲しいお話」、これは一種の悲劇なのだという。

この作品について語ることには難しさがつきまとう。素直に自分の主観だけで語るなら、あまりにも作品に癒着しすぎて、自分の日記帳になってしまいそうな気がする。言ってみれば、このゲームは、生きづらさを感じている人が共感したり、自分を再発見したりできるような物語となっているのだが、そのことによって作品体験が人生に密着してしまい、作品について、客観的に――というよりは公平に――語るのを難しくさせているところがある。

もしそうなら、そんな難しさを克服してまで、この作品について自分が語れるようなことは、特にないかもしれない。そもそもネットには考察や感想が溢れているし、自分がなにか解説する必要もないように思える。

とはいえ一点だけ。なぜ『さよならを教えて』は「狂気」を描く必要があったのか、このこと自体はあまり触れられていないように思う。

この作品における、主人公の狂気に陥っていく描写は(おそらくノベルゲームのなかでも)出色の出来だ。しかし作品を好きな人たちが、みんな主人公に共感できているかといえば、当然違う。実際、作品をプレイした人の中には、主人公を理解できる人とできない人がいる。理解できない人からすれば、主人公は最初から壊れたカオスな人間に見えるし、理解できる人は彼に共感を抱く。ことによっては、ゲームをプレイして、鬱になるどころか、癒されたり、救われたりする人すらいる。

では、『さよならを教えて』における「狂気」はどのような意味で「救い」になるのだろうか。

物語にいつから「狂気」が登場したのか定かではないが、少なくともギリシャ神話の「女神アーテー」は狂気の神格化とされている。彼女はゼウスによって人間界に放逐され、人間に取り憑いて破滅的な行為を行うという。

破滅、愚行を行わせる神とは、人間にとって好ましくないようにも思える。しかし裏を返せば、停滞した現状を変革する原動力にもなるのだ。

「思慮のある人々の中庸によって保たれる、平和で調和のあるバランスのとれた生活は、それ自体は望ましいものであるにしても、そこでは時間と歴史は停止し、停滞した息苦しい平穏無事の日常は人々の創造性を枯渇させ、精神の鬱屈を生み出すことはないだろうか。」(志田信男「アーテー論の展望」より)

我々は普段、普通に過ごしているつもりかもしれない。しかし実際には、日常に変化が欲しくて、しばしば娯楽にのめり込んだりする。度が過ぎると、それは狂気に陥ったことになるのだろう。

『さよならを教えて』の面白い点は、主人公の人見広介が見ている幻覚の中では、あくまでも「教育実習生としての日常の繰り返し」が強調されている点だ。現状から脱却して妄想の世界に逃げ込んだのに、そこでもまた同じことの繰り返しをしている(劇中でも同じことが主人公の姉・高島瀬美奈にも指摘されており、保健医の大森となえには「真面目すぎる」のだと言われている)。そして、教育実習生としての日常が終われば、苦しみから解放されると思い込んでいる。

つまり主人公の本来の目的は、同じ日常からの解放=完全に狂気に陥ってしまうこと、ともとれる。

しかし、主人公はラストで、新たな妄想の世界に逃げ込んでしまう。そこでも病院のインターンとして、同じ日常を繰り返しているということが主人公の口から告げられる。

確かに悲劇だし、救いようのない結末ではあるのだが、実際我々も彼と同じようなシチュエーションに立たされることはしばしばある。例えば進学でも就職でもなんでもいいけれど、環境を変えたところで、すぐに停滞が訪れる、といったことはないだろうか。主人公の状態は、実際に我々が陥りがちな停滞を戯画化しているようにも見える。

主人公は妄想の中で、少女にエロゲよろしくさまざまな行為を行うが、次の日にはすべて元通りになっている。これは主人公の見ている世界が都合の良い妄想だからだ。しかし、その一瞬の狂気が妄想の世界を終わらせるきっかけにはならない。彼がこの妄想を抜け出すには、結局は自己実現、何かを成すことが必要になる。そのために現実世界に唯一存在する女性である巣鴨睦月を救おうとするが、結果的に彼は妄想から脱却できず、新たな妄想に逃げ込むことになる。

おそらく、この作品における救いは「狂気」である。狂気を一種の免罪符として、我々が常日頃抱く欲求や、理解されがたい内面を詳細に書き出すことに成功しているのではないだろうか。つまりそれは、狂いたいという願望、自己の変革、である。

自分を変えたいという願望。それは、思春期の少年少女だけではなく、誰しもが持つものではないか……と私は思う。

そして、多くの人間は、自分を大きく変革することもできず、朽ちてゆく。その悲劇を、まさに人見広介という主人公が体現しているのだ。

Silence of Switchblade』の制作中、話のプロットを考えるのにも悩んだが、それ以上に、テキスト自体に物足りなさ、自分自身どこか納得のいかなさを感じていた。そんなとき、少し原点に立ち返ってみようと、『さよならを教えて』を再プレイした。結果的に自分がもともと面白いと思っていた方向性や創作の源泉を再発見することにつながり、現在もじつは加筆修正を進めている最中だが、スランプを抜け出すことはできた。

自分にとって『さよならを教えて』は、人生に迷ったときに改めてプレイしてみると、行くべき道を案内してくれたり、新たな発見をくれたりするゲームである。それは一般的な悩みを真摯に描きつつも、時にユーモアや皮肉を交えて、重すぎず軽すぎず物語を運ぶシナリオや、それを強化する演出・美術のおかげだろう。

こんなことを言うのはおこがましいが、私も誰かの道標になるような作品を一生に一度作ることができれば、幸せなことだと思っている。

参考文献:
志田信男「アーテー論の展望」
https://cir.nii.ac.jp/crid/1050564287914082560

『comment te dire adieu さよならを教えて設定資料&原画集』
https://www.dlsite.com/maniax/work/=/product_id/RJ266129/

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(c) Silence of Switchblade
文:隷蔵庫
編集:ばじるちゃん
『Silence of Switchblade』体験版のダウンロードはこちら

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この記事を書いた人

隷蔵庫のアバター 隷蔵庫 ノベルゲーム作家

小説描きたかったのに、いつの間にかゲーム作者になった人間。代表作『真昼の暗黒』『ベオグラードメトロの子供たち』など。ノベルゲーム制作サークルsummertimeを運営。