【関根という名のうさぎ】第3話「秒針は回る」

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こんにちは、関根です。関根という名のうさぎです。さらに言うと、関根という名の死んだうさぎです。

あんまり死んだ死んだ言うのもどうかと思い、あたかも死んでいないような感じで語り始めようかとも考えたのですが、万が一、わたしが死んでいることを知らずにこれを読んだ人が、「関根ちゃん、とってもプリチー&クレバーですね。これからも長生きしてずっと連載を続けてくださいね。今度チンゲンサイを贈ります」なんて熱烈ファンレターをくださった場合に、飼い主その①が「すみません、もう死にました」などと白状しようものなら相手も大変気まずい思いをするだろうし、「死にました」と改めて言わされる飼い主その①も不憫だし、誰も幸せになりません。

というわけで改めて述べておきますと、わたしは2022年10月9日に10歳10ヵ月で死去いたしましたが、「千の風になって」に倣い、千の家具家電となって飼い主その①とその夫である飼い主その②を見守ることに決め、この場を借りて人生を振り返りつつ色々とお話をしている、そういう次第です。まあ、小動物の歩幅で進むスローな走馬灯と思って、気楽に読んでいただければ幸いです。

さて、今回はわたしと飼い主その①が出会った日のことを振り返ってみたいと思います。

わたしと飼い主その①は、2011年の12月にペットランド札幌駅前エスタ店で出会いました(残念ながら今はもう閉店してしまったそうです)。わたしの生まれは茨城県らしいのですが、この世に生を受けたばかりのどさくさの中、ふにゃふにゃしているうちに、何がどうしたらそうなるのか、寒い寒い北の大地に運ばれ、他のうさぎたちと並んでケージの中へと収まる羽目になりました。

当時のわたしはペットショップがどういう場所なのかもよく知らないベイビーうさぎちゃんでしたので、茶色いふわふわの毛に包まれているのに心はすーすー寒いような、漠然とした不安と寂しさを抱えていました。それでもお腹は空くので、とりあえず牧草をぽりぽり、便をぽろぽろさせるばかりの毎日。そんな中で唯一心穏やかになれたのは、ときどき貰えるミルク味のクッキーを食べているときでした。花を模した形のクッキーで、その味は何だか懐かしいような温かいような、ほっとする味でした。

ペットショップでの暮らしに付き物なのが、ぬっと現れる人間の顔面です。日々入れ替わり立ち替わり、ぬっ、ぬっ、と覗き込んできます。なぜそんなことをするのかさっぱりわかりませんでしたが、どうやら飼い主その①もその顔面のうちの一つだったようです。

ある日、ふわっと体が浮遊したので、ああ、これはいつもの、ケージから出されて数分後に戻ると散らばった牧草や便がきれいさっぱり無くなっているあの不思議現象だな、と思って呑気にしていたのですが、その後、わたしがケージに戻ることはもうありませんでした。

「ママ来たよ~。」

ふと周囲を見回せば、そこは今まで降り立ったことのない場所、すなわち、レジでした。店員にママと呼ばれて、飼い主その①はフフ~ンと腑抜けた声を出しました。のちに飼い主その①は店員からママ呼びされたことについて、「その発想はなかった」と語っています。わたしもその発想はありませんでした。わたしにとってのママは、姿はうまく思い出せませんが、ミルク味のクッキーの匂いがする何か、なのです。

そのあと、わたしの目の前に入り口が四角いトンネルのようなものが現れたので、暗くて狭いところが好きなわたしは吸い寄せられるようにその中にインしました。インしてわかったのですが、そのトンネルには出口がありませんでした。どうやら細長い紙箱だったようです。のちに飼い主その①はわたしが紙箱に入れられたことについて、「ケーキかよ」と語っています。白くて細長い紙箱に入れられたわたしは、さらにショップのロゴの入った紙袋に入れられたそうです。ますますケーキの様相。

で、わたしはそのままどこかに運ばれました。真っ暗なのは別にいいのですが、床がふらふら揺れるのがいただけません。怖いのでじっとしていたいのに、じっとするのも一苦労です。

しばらくしてやっと揺れない地面に辿り着きましたが、紙箱から出されたその場所は未知の景色、未知の匂い。わたしはテンパって、でもテンパっていることを周りに悟られまいという草食動物の本能で、その場にうずくまって只々じっとしていました。

どれくらい時間が経ったでしょうか。気持ちが落ち着いてきて、徐々に周囲の様子がわかってきました。おそらくここは、ペットショップとはまた違うケージの中。テンパりすぎて気付きませんでしたが、大好きな牧草の匂いもします。お腹が空きました。ぽりぽりしたい、でも怖い。空腹と恐怖の狭間をしばらくウロウロしたのち、わたしはついに牧草を一本引っ張り出して、この新しい場所での記念すべき初ぽりぽりをキメたのでした。

ペットショップの店員からのアドバイスで、家に着いてしばらくはケージを布で覆って暗くしておくよう言われていた飼い主その①は、のちにわたしの記念すべき初ぽりぽりについて、「秒針の音かと思った」と語っています。布の隙間から覗くと、家に着いてからずっと小さく固まって動かなかったわたしが牧草を食べていて、その姿にほっと胸を撫で下ろしたそうです。

牧草を食べていると、皿の上に何かが置かれて、わたしはその匂いに条件反射で飛びつきました。なんと、あのミルク味のクッキーでした。ペットショップ店員の引き継ぎには感謝してもしきれません。このクッキーが貰えるならば、これからなんとかやっていける。そう思いました。

こうして、当時まだワンルームで一人暮らしをしていた飼い主その①との共同生活が始まりました。関根という名前すら決まっていなかった、初日の話です。

ちなみに、わたしは七千円で、ケージはネットで一万円だったそうです。飼い主その①は事あるごとに「関根は七千円で、ケージは一万円だった」と、ネタの一つとして10年間ずっと周囲に吹聴していました。まったく失礼な奴です。

わたしはその一万円のケージで一生を過ごしました。だいぶ薄汚れて、途中で買い換える話も出ていましたが、壊れたところがあるわけでもなし。面倒くさがりの飼い主その①は後回しを繰り返し、新しいケージはAmazonのほしい物リストの奥底に埋もれたようです。しかし、わたしにとっては長年住み慣れた我が家でしたので、それでよかったのかもしれません。

わたしが死んで一ヶ月半ほど経ちましたが、ケージは折りたたんだ状態で、わたしが元いたところに立てかけてあります。今はもう牧草をぽりぽりする音は鳴らせませんが、わたしは時計の秒針になって、こちこち回りながら、時間と共に元気になっていく飼い主2人を見守っています。

++++
(c) 関根

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この記事を書いた人

長瀬のアバター 長瀬 文章的なものを書くライター

北の大地でエッセイなど書いています。
文芸/飲食/音楽/ラジオ