学生の頃、ボウリング場でバイトをしていた。

そこは陸橋の脇にある二十四時間営業のくたびれたボウリング場で、私は主に深夜から朝までの徹夜番としてシフトに入っていた。当時はインターネットやソーシャルメディアが今ほど盛んではなく、暇を持て余す学生たちの遊びといったらボウリング、カラオケ、ビリヤードが三種の神器で、私の場合はこれに麻雀が加わっていた。

このボウリング場の徹夜番では夜食休憩というものが一時間ほどあって、スタッフは別途五百円を支給され、なんでも好きな夜食を近くのコンビニで買うことができた。貧乏学生にとって五百円は大金である。バイトに入ったばかりの私はこの夜食休憩システムの話を聞いて感極まり、五百円で許されるベストな食い物のチョイスを必死になって考えた。

ちょうどその頃、私はよくメロンパンを食っていた。メロンパンの素晴らしいところは安価ながらボリュームがあって、極めて経済的に腹が膨らむという点だ。うまいし。そういうわけで、とにかく銭がなかった私は、この五百円を使ってバイト中の夜食だけでなく、翌日の朝食や、なんなら昼食までも賄えたらメッチャ節約になるじゃん、と閃いた。

今思えば素直に認めればよかったのだが、貧乏を開陳することに恥じらいを覚えた私は、このバイトでは「三度の食事よりメロンパンが好き」という架空の自分像を作り上げることに決め、夜食の時間になると先輩スタッフの方々に「メロンパン、めっちゃ好きなんすよー、何個食っても飽きなくて」とうそぶいて回った。そして虎の子の五百円を握りしめてコンビニへ向かい、メロンパンを三、四個買ってきては、一個だけ食って残りはこっそりリュックでボロアパートへ持ち帰る、というキャンペーンを繰り広げた。

この作戦は思わぬ波紋を呼んだ。休憩時間になると私がメロンパンばかりかじっているので、「とら猫君は本当にメロンパンが好きらしい」という噂が朝番のスタッフにまで広がり、夜勤を終えて自分のロッカーを開けると、その中にメロンパンが入っていることすらあった。

愚かな私はキャンペーンの成功を確信してほくそ笑み、気が付くとわが家はメロンパンで溢れ、一時はそれこそ朝昼晩メロンパンをかじっていた。

が、すぐに飽きた。当たり前である。ところがボウリング場のバイトは多い時で週五回入っていて、しかも私がさんざん「メロンパン好き」を触れまわったせいで、夜食の買い出しの際にはもはや私が何を言わずとも、別のスタッフが気を利かせてメロンパンを買ってきてくれるようになっていた。

私は困った。こんなメロンパンばっかり食えねえ。『ドラえもん』のくりまんじゅうが増える話が頭をよぎった。

が、すべては自分の浅はかな策略が招いた現状であり、他のスタッフも嬉々としてメロンパン(レアもの含む)を差し出してくるので、私はいまさら「飽きました」とは言えなかった。なぜなら「とら猫=メロンパン」という方程式が定着してしまった今、そのメロンパンを否定すれば、バイトにおける自分の存在価値すら泡となって消えてしまうのではないか――そんな恐れを抱いたのである。

しばらくして私は塾講師のバイトを見つけ、そちらのほうが短時間で多くの銭をもらえたのでボウリング場のバイトはあっさり辞めた。メロンパンの真実は、結局誰にも伝えなかった。

そのボウリング場は今も健在のようである。

(イラスト by Yumi Imamura

 

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