(by とら猫

7月19日がやってきた。何か。映画『チャイルド・プレイ』の公開日である。
私はカレンダーに「チャ」と書き込んで、この日を楽しみに待っていた。

夜も更けてから最寄りのシネコンへ行くと、そこは大勢の人でにぎわっていた。初日にチャッキーを観たい人たちがこんなにいるのか――見えない連帯感のようなものに打たれた私は、一瞬胸が熱くなったが、すぐに気づく。彼らの目当ては新海なにがしの新作アニメだと。

天気の映画を通じて仲を深めんとするカポーの波をかき分けながら、私(とツレ)は人込みからどんどん遠ざかり、地獄の穴のように真っ黒な口を広げているシアターへと足を踏み入れた。

客は10人くらい、だろうか。少ない。
むべなるかな。公開初日しかもレイトショーの時間帯に『チャイルド・プレイ』を観にくるような客は、同シリーズの相当なファンかつ、わざわざ映画館まで足を運ぶという強靭な意思をもった強者たちだけであろう。

そこで猫ふと思った。よくツイッタのプロフィールに「映画好きとつながりたい」と一言書いておられる方々を見かけるが、そういった諸兄は、自分のもっともエクストリームな部分に突き刺さる映画の公開初日に、レイトショーを観にいくとよい。なぜならそこに集まるのは前述のとおり「本当にその映画が観たくてたまらない」人たちで、確実に映画好きだからである。

なので上映後、出口で待ち伏せて声をかければ、かなりの高確率で映画好きとつながれるだろう。逆に怪しまれ、手錠でつながれる羽目になるかもしれないが。

そんなことを思っていたら、新たなチャッキーの幕が上がった。胸ときめく。しかも字幕は『ゲット・アウト』での神がかった仕事ぶりも記憶に新しい、種市譲二氏だ。今私がもっとも信頼を置く字幕翻訳者のひとりである。うっかり使ってしまったが、この「もっとも~なひとり」という言い回しは、翻訳界隈では“ダサいやつ”と思われがちなので注意が必要だ。

ちなみに今作では「That’s poetic」を「皮肉だな」と訳されていて震えた。

肝心のチャッキーは凶悪な人形が暴れまわるだけの愉快なB級ホラーから、現代の寓話へと進化を遂げていた。ブラッド・ドゥーリフ扮する、残忍だが愛嬌のあるチャッキーを愛していた私にとって、この社会風刺を盛り込んだ、ちょっぴり意識高い系ホラーへの転身に一抹の悲しみを覚えたのは確かだ。何度死んでも蘇るチャッキーですら、時代の変化には抗えず、然るべき換骨奪胎を余儀なくされたということなのだろう。

マーク・ハミル演じる新しいチャッキーに、オカルト要素はない。それは現代技術が生んだ悲しきモンスター。『エクスマキナ』でも描かれた“マシンの暴走”を恐怖の中心に据え、そこに『IT/イット』っぽいジュブナイル要素をまぶした、極めて今風のホラー映画に仕上がっている。

顔の各パーツが異様にでかい二代目チャッキーも、見慣れてくると初代とはまた違った、生々しい不気味さがあって悪くない。凶暴さでは上かもしれない。

ちなみに本家チャッキーの生みの親ドン・マンシーニは本リメイクに激怒しているようだ。まあ、気持ちはわかる。となると今後このシリーズは本家と分家とで袂を分かち、互いに独自のチャッキーを立てて並行的に展開していくのだろうか。

ちょっと大勝軒みたいだ、と思った。

(c)2019 Orion Releasing LLC. All Rights Reserved. CHILD’S PLAY is a trademark of Orion Pictures Corporation. All Rights Reserved.
映画『チャイルド・プレイ』公式サイト

 

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