【エッセイ】ヘドロ、世界で一番いい女

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中学時代、部活から帰るとNHKで人形劇の『プリンプリン物語』が再放送されていた。プリンセス・プリンプリンが祖国を探して旅をする話だ。これを、1話も見逃すまいと夢中で見ていた。そのくせ、私は主人公のプリンプリンが嫌いだった。私と同じく彼女を嫌う、ヘドロというキャラクターにだけ心を寄せていた。

ヘドロは悪役だ。自称・世界で一番いい女。ランカー商会の秘書。ボスである武器商人ランカーに恋をしている。しかし、ヘドロがどれほどランカーに尽くしても見向きもされない。ランカーはプリンプリンと結婚したいのだ。

このプリンプリン、15歳の少女にしてなかなかの曲者である。親はなく、王冠と一緒に海に流されていたのを拾われ漁師に育てられていたらしい。「きっと私はどこかの国のお姫様なんだわ〜」と盲信したプリンプリンは、故郷と両親を探すために旅をしている。

男に「守ってあげたい」と思わせる清純可憐さで、ピンチになれば旅に同行している3人の少年と猿に助けてもらっていた。旅の間ずっとドレスを着通す強情さ。でもお供の少年たちは絶対に「その格好は冒険にふさわしくない」とは言わない。プリンセスらしくしている彼女が好きなんだろう。心がお優しいので決して自分の手は汚さず、自分を慕う男たちにあくまで“自主的”に動いてもらう。さらには自分の故郷について根拠なく「限りなく美しくこの上もなく清らかな愛に満たされた所」と言い切る始末。プリンプリンの誇大妄想も怖いが、三十路も越えて子どものころ見たきりの子供番組の主人公の悪口がこうもスラスラ出てくる自分も怖い。マジでイライラしてたんだろうな。

さて、ヘドロは愛と忠誠心から、ランカーのプリンプリンへのストーカー行為に加担していきます。要するに「彼から必要とされたい。だから彼が本命の娘とうまくいくように協力するわ。こうやって尽くし続けていたらいつか私が本命にしてもらえるかも」って状態なわけ。そんな関係に未来はない。不毛な恋だ。中学生でもわかる。わかるからこそ、ヘドロがよく歌っていた『世界お金持ちクラブの歌』は私の胸を激しく打った。彼女はこう歌うのだ。

「おカネさえあれば何でも手に入る〜」

嘘だ。ヘドロが一番欲しいランカー様の心はお金があっても手に入らない。

「おカネさえあれば幸せになれる〜」

これも嘘。お金があってもヘドロは幸せじゃない。だからこの歌を聴いているとたまらない。「お金より大切なことがある」なんてストレートに言われるよりよっぽど響く。ヘドロの哀しみが詰まったこの曲が、私にとっての『プリンプリン物語』のテーマなのだ。

ヘドロはいつも自分の手を汚してランカーのために邪魔者を消した。自分のことは自分で守る。嫌なことがあってもウジウジしない。問題に対処するのみ。ランカーが会長を務める「世界お金持ちクラブ」の会員で、自分で自分を「世界で一番いい女」と言い切る。これが私の憧れたヘドロだった。

人々はなぜこんなにかっこいいヘドロを邪険にし、プリンプリンを愛するのだろう。ヘドロこそ幸せになるべきだ。そうじゃなきゃ夢がなさすぎる。子どもに夢を与えるのが子供向け番組の使命じゃないんけ!?誰とも共有できないモヤモヤを抱えながら、それでも番組を見続けた。

で、最後にヘドロはどうなったのか。熱心に見ていたのに最終回の記憶がない。調べると、ヘドロは最終回でミサイルに爆破されて終わったらしい。

は?これが自立した女の成れの果てか?あまりに酷いじゃないか。腹の虫が収まらないので、あったはずのヘドロの幸福ルート最終回を勝手に創る。

ヘドロはプリンプリンを追っているうちに、1人じゃ何にもできない彼女のことが不憫になってきました。そこで、少年らやランカーからプリンプリンを引き離し、諭します。

「もう祖国を探すのはおやめ。プリンセスという身分にしがみつくのはおやめ。私があんたを自分の力で生きていけるよう育ててあげる」

でもプリンプリンは首を縦に振りません。

「私、怖いの。プリンセスじゃなくなるのが。特別な人間じゃなくなるのが」

「心配いらないよ。プリンセスらしく振る舞わなくたってあんたはあんたのままで特別なんだから。世界で二番目にいい女さ」

ようやく納得したプリンプリンは、プリンセスの証だった王冠を箱舟に入れて海に流し、今までの自分と決別しました。ヘドロもランカーへの想いを断ち切り、憎んでいたプリンプリンを慈しむことで初めて心が満たされたのでした。

お金があっても手に入らなかった幸せをやっと得られたんだね。おめでとう、ヘドロ。夕日の浜辺。手をつなぎどこかへ歩いていくヘドロとプリンプリンの後ろ姿に「おわり」の文字が浮かぶラストシーンが、私にはありありと想像できる。

++++
(c) NHK

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この記事を書いた人

こばやしななこのアバター こばやしななこ サブカル好きライター

サブカル好きのミーハーなライター。恥の多い人生を送っている。個人リンク: note/Twitter