【エッセイ】職業選択の自由、あははん

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僕の初めての就職は、わずか半年で終わった。

職場はいい人ばかりで歓迎会まで開いてもらったが、本来の自分の属性(体育会系の文科系)とは真逆の仕事(理数系)によるストレスで、同時に痔と水虫とインキンになり、その後腸閉塞で倒れた。積もり積もったストレスが、まずは体の弱い部分を侵し、続いて内臓をぶっ壊した。

救急車で運ばれ入院し、数日は点滴のみの飲食禁止なのに隠れてチーズ蒸しパンを食べ、さらに入院期間が延びた。その頃の僕は、ストレスによるチーズ蒸しパン中毒だった。

29歳にして、また無職に戻ってしまった。彼女にもフラれた。チーズ蒸しパンの代金を払わなかったからだと思う。

とりあえず、また仕事を探さねばならない。(元)彼女のプレッシャーに負け、焦って仕事を決めたばっかりに、僕の粘膜はただれ、腸はふさがってしまったのだ。1週間も便が出ず、かわいい看護師さんに浣腸片手に追いかけられた。すみません、ちょっと盛りました。浣腸を迫られた。まだギリギリ20代で恥じらいのあった僕はそのつど拒み続け、結局最終的にセルフ浣腸したのだった。今なら喜んでパンツを脱ぐ。向こうもそれが仕事だし。

もはやあせっても仕方がない。自分の持っている資格などを、洗い出してみよう。

まず普通免許は持っている。だが、ふるさと滋賀の田舎道しか走ったことがなく、芝居をするために大阪に出て来てからは、車なんか持てるわけがない。完璧なペーパードライバーになっていた。これでいきなり社用車で阪神高速なんか走らされたら、次は多分入院ではすまない。

以上。あとは空手の黒帯ぐらい。

なにか手に職をつけよう。自腹でフォークリフトの免許を取った。その資格を使える仕事となると、製造業や倉庫内作業となる。ほどなく、ある食品の貯蔵倉庫の仕事が決まった。

初日、先輩社員が仕事を教えてくれることになった。ハタチそこそこでまだ暴走族臭の抜けない若者だった。だが見た目に反して礼儀正しく、後輩の僕に対しても年上だからという理由で敬語で話してくれた。

その年下の先輩Aくんと一緒に、事務所から倉庫まで歩く。
「ハシマさん。初日からこんなこと言うのはなんなんですが、この仕事は続けへんほうがいいっすよ。人間がダメになります」
「……どういうことですか?」
「おいおいわかります」

最初にやらされたのは倉庫の掃除だった。小さめのショッピングモールぐらいありそうな広い二階建て倉庫を、隅から隅まで掃除する……とは言っても、手押し車型掃除機を押して端から端まで歩くだけなので、午前中で終わる。

昼食後、
「昼からはなにするんですか?」
と聞くと、
「とりあえず、倉庫の2階に行きましょう」
Aくんは歩き出した。

2階のすみっこに詰所的な小屋があり、中には長椅子と折りたたみ式の長机と灰皿があった。Aくんは長椅子に横になり、
「あとは好きにしててください」
と言うと、5秒ぐらいでイビキをかき出した。

この倉庫はあくまで「貯蔵庫」であり、「卸問屋」などではない。荷物の入出庫も、週に一回あるかないかである。従って、基本的にやることはない。

僕に揺り起こされたAくんが、眠そうな顔で説明してくれた。なぜ求人を出したのか。

2時ぐらいに事務所に戻ると、ハナ肇似の所長(50代)が熱心にパソコンに向かっていた。少し離れた位置に机を置き、山本モナ似のきれいな事務のお姉さん(40歳前後)が書類を整理している。この2人とAくん、そして入ったばかりの僕を含めた4人が、この職場のフルメンバーである。

「お前ら、もう帰ってええぞ」
所長はそう言うと、またパソコンに向かい出した。
「えっ定時は5時やったよな……」
戸惑っている僕に構わず、Aくんとモナさんはそそくさと帰り支度を始めている。
「ハシマくん、帰るよ!」
モナさんにケツを叩かれて、出口へ向かう。

「お疲れ様です……」と言いながら所長の横を通り過ぎる際に声をかけたが、反応はない。パソコンに集中している。こんなヒマな職場でも、所長ともなるとそれなりに仕事はあるんやな……。そう思いながら、パソコン画面をチラッと見た。

無修正の全裸の熟年女性が、大写しになっていた。

「なぁ、所長ってさぁ、日がな一日エロ画像見てんの?」
「そっすよ」

2日目。
詰所の長椅子に寝転がったまま、Aくんと僕はうだうだと会話をしている。初日でなんかどうでもよくなった僕は、すでに先輩のAくんに対してタメ口である。
「ほんで気に入った画像をプリントアウトして、それの整理を事務員さんにやらすんすよ」
「超絶セクハラやん……!」
「前の事務員さん、結局ノイローゼみたいになって辞めちゃいましたもん。かわいそうに」
「今のモナさんは、よく平気な顔してやってんね……」
「いや、あの人も多分元ヤンすからね。いつかキレて、所長の後頭部に釘バットフルスイングするんちゃいますかね」
「それは……楽しみやね」
「楽しみっす。俺、それを見届けたら辞めますわ」

午前中に倉庫の掃除を行い、午後から昼寝をして、2時か3時に帰る。恐ろしく楽な仕事だったが、確かにこれは人間がダメになる。何年もここで働いた結果、エロ画像収集とセクハラしか楽しみのないオッサンが出来上がるのだろう。自分がそうなる未来が見え、怖くなった。午後の昼寝の時間を使って、求人誌や携帯で職探しを始めた。

向かいの長椅子では、Aくんが煙草を吸いながら、同じように携帯を見ている。携帯に貼られたプリクラが目についた。Aくんと、ギャルっぽい女の子が肩を組んで写っている。
「それ、彼女?」
職探しに少し飽きて来たので、尋ねてみた。
「そっす。かわいいっしょ?」
「うん。かわいい」
「俺、こいつと結婚するっす。でっかいクラブ貸切って、披露宴パーティーやるっす。ハシマさんも来てくださいよ」
「もちろん。余興で、蹴りでバットでも折ろか? いや、折ったり割ったりは縁起悪いか……」
「いえ、バット折りもいいんすけど、ツレに地下格闘技の○○(イベント名)に出てるヤツがいるんすよ! そいつと試合してほしいっす!」

Aくんが言った○○という地下格闘技は、モロに半グレ団体主催の大会であり、マトモな格闘技団体所属の選手なら、関わっただけで破門されるようなイベントだった(この数年後、主催者や選手がこぞって逮捕された)。
「……うん。やるわ……」
そことは関わりたくねえな~……と思いながら、とりあえず生返事をした。

その後1か月ほどダラダラと働いたが、所長がエロ画像を見ながら
「おい、俺の車洗っとけ」
と言ったとき、「あ、辞めよ」と思い、その場で辞めた。

数か月後、モナさんからのメールで、所長が前の事務員さんからセクハラで訴えられ、解雇されたことを知らされた。

Aくんがクラブで結婚パーティーをしたのかどうかは、わからない。

あれから20年近く経ち、僕は今、普通に会社勤めをしながらライターとしても活動している。執筆するのは、退社後の夜や休日だ。睡眠時間が減る。休日が潰れる。まあまあハードだ。加えて、もっと映画を観たい。本も読みたい。ライフワークである格闘技の稽古もしたい。1日が40時間あればいいのにと思う。

思えばあそこは、働きながら何か別の活動をするには最適な職場だった。辞めなきゃ良かった。残念でならない。

眠い目をこすりながらパソコンを打ちつつ、そんなことを考えている。

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画像:photoBさんによる写真ACからの写真

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この記事を書いた人

武道家ときどき物書き。硬軟書き惑います。
映画/文学/格闘技