フレディ、もし初潮が来る前にあなたに出会えていなかったら、ぼくは果たして今日まで生き延びることができただろうか。
月9の主題歌『I Was Born To Love』を高らかに歌い上げる、ゴージャスな衣装を身に纏う、マッチョでエキゾチックな口髭の男。母がテレビの中の彼を指差しながらやってみせた「この人、こっちやで」と手の甲を頬に当てる仕草、その意味なんて知らなかったのに、ぎくりとしたのを覚えている。
“ぼくが「女の子」じゃないことに、母は気づいているのだろうか。”
でも、そんな不安を凌駕するほどにフレディ・マーキュリーは魅力的だった。ロックバンドらしからぬ、美しくのびやかでエネルギッシュなあの歌声。ドラマが放映されていたのは小学5年生の冬、もうすぐ本格的に受験生になろうという時期だったから、当然観せてはもらえなかった。それでも「歌だけ聴かせて、これを聴いたら部屋に行って勉強するから」と母に必死で乞い、オープニングの間だけ彼の声に聴き入る権利をもぎ取った。
やがて見かねた母が、ドラマの挿入歌集であるアルバム『Jewels』を生協で購入してくれた。そのためぼくが生まれて初めて所有したCDは、クイーンということになる。リビングのCDプレイヤーでそれを再生しながら、ライナーノーツを隅々まで読むのが好きだった。
その中のメンバー紹介のページには、彼がペルシャ系インド人であることが記載されていた。つまるところ彼は、セクシュアルマイノリティでありながら、同時に人種マイノリティでもあったのだ。初めて心奪われたスーパースターが、これほどまでに自分と似たバックグラウンドを持つこと。そんな彼に幼いぼくが、どうして心酔せずにいられよう。
そしてもうひとつ知ったのは、彼がすでに故人であること。1991年11月に彼はこの世を去り、そしてその約4ヶ月後の1992年4月にぼくは産まれた。彼と一瞬たりとも同じ時間を生きることが叶わなかった運命にショックを受けたのを、よく覚えている。
だからこそクイーンの伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』が発表されたときは、胸が躍った。フレディの魂に、その片鱗に、物語を通して触れられる。最初にビジュアルが解禁されたときは「ええ、あんまし似てないじゃん」とラミ・マレックに正直がっかりしたのだけれど。
スクリーンの中には、フレディがいた。「パキ野郎」と差別的な言葉をぶつけられて憤る、空港でアルバイトをする若き日のフレディ。パールシー(インドのゾロアスター教徒)であることや出生名「ファルーク・バルサラ」を家族によってバンドのメンバーや恋人にアウティングされ、それを遮るようにピアノを弾き「ハッピーバースデー、フレディ・マーキュリー」と改名した自分を祝う姿。
(グウィリム・リーはブライアン・メイ本人かと思うほど激似でめちゃくちゃに笑ってしまった。外見はもちろん、ボソボソした喋り方から間の取り方、佇まいまでそのまんまである。)
フレディが拝火教と名を捨てたように、ぼくもまた儒教と名を捨てた。一度目は、国籍が原因でいじめに遭った中2のとき。日韓露ミックスのぼくは転校を機に、韓国名から日本名へ苗字を変えた。二度目は、夫と結婚して彼の苗字を選んだとき。三度目は、昨年の秋だ。家庭裁判所に申請をして、「女の子らしい」名前を捨てた。通達を受け取って正式に改名したのは、奇しくもフレディの命日である11月24日だった。
「俺たちははぐれ者、互いのため音を奏でる。皆、部屋の隅でヒザを抱え、居場所がない」
クイーンが存在していなかったら、フレディがいなかったら、ぼくはきっとあの醜悪な女子校へ向かう通学路を一歩だって歩けやしなかった。単4電池式の小さいオーディオプレイヤーに入れた『Jewels』や『Sheer Heart Attack』を聴きながらだったから、ぼくは毎朝なんとか体を引きずって玄関の扉を開けることができていたし、転校先の共学校では自分らしく生きることができたのだ。
『ボヘミアン・ラプソディ』と実際のクイーンの歴史には相違もあったし、抜けている重要なエピソード(アパルトヘイトが行われていた南アフリカで公演を行い、国連のブラックリスト入りした騒動とか)も多くあった。
だからあの記者会見のシーンも、すべてが真実ってわけじゃない。そんなのわかっていたけれど、フレディのルーツやセクシュアリティについて下世話に騒ぎ立てる記者たち全員の横っ面を、拳でぶん殴ってやりたくなった。
「フレディ、なぜ歯を治さないんですか?」
「拝火教徒のご両親はスターとしてのあなたを誇りに思っていますか?」
「セクシュアリティについての噂は?」
“ファンに真実を”
正論という名の腐った棍棒でフレディを容赦なく殴りつける、あの残忍性。初めて観たときも、無意識に奥歯をきつく噛み締めた。なんだこれは。こんなの取材じゃない、ヘイトスピーチじゃねえか。
いったいどんな気持ちで、フレディはあの場に座っていたのだろう。彼と人生の時間を交わらせることのできなかったぼくには、彼の気持ちはわからない。ただ想像することしかできないし、そういう勝手な同情はともすれば彼のプライドを傷つけるだけなのかもしれない。
一度バラバラになりかけたメンバーは、フレディのソロ活動やさまざまな問題を乗り越えて、再び手を繋ぎ合う。エイズに冒されたフレディにはもうあまり時間は残されていないが、彼は悲劇の主人公になるつもりなど更々なかった。
「俺が何者かは、俺が決める。俺はパフォーマーだ。皆に望むものを与える──最高の天国を」
そして開演するライヴ・エイド、あの伝説のパフォーマンス。
再現だとわかっている。それでもそこにはたしかに、フレディがいた。映画を通じて、時空を超えて、ぼくのヒーローはぼくの目の前に、もう一度現れてくれた。
フレディは歌う、「俺たちこそがチャンピオンだ」と。あなたがそう言ってくれたからこそ、あなたと同じ人種マイノリティでクィアのぼくは、生きていていいと思えたのだ。誇張ではなく、心の底から。
あなたの歌声を一度でいいから、生で聴いてみたい。あなたの「Ay-Oh」に大声でレスポンスしてみたい。でも、それは叶わない。ぼくの不幸のひとつは、あなたと同じ空気を吸うことのできない星の下に生まれたことだよ。
あなたの孤独はあなただけのもので、ぼくの孤独もぼくだけのものだ。ただそれでもたしかにあなたの歌は、声は、ぼくの孤独を和らげ、ぼくを慰撫し、ぼくを勇気づけてくれた。
「マイノリティであったからこそ、あなたはスターだったのだ」なんて陳腐な台詞は死んでも言わない。だけどフレディ、あなたはこの世から去ってもなお、そのあとに生まれたちっぽけなぼくの魂さえ掬い上げた。あなたがあなたとして歌い続けてくれたから、ぼくはぼくとして書き続けることができているのだ。
フレディ、ぼくの永遠のヒーロー。あなたを心から愛してる。
++++
(C)2018 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.
『ボヘミアン・ラプソティ』allcinemaページ
映画観るなら<U-NEXT>