【名画再訪】それでも私は『インスタント沼』が好きだと言い続けよう

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その昔、街コンに参加したときのこと。

参加者に配られたプロフィールシートの中に「好きな映画」という項目があったので、私は正直に『インスタント沼』と書いた。いや、正直に、というのは若干白々しかったかもしれない。

私にとって『インスタント沼』は何十回も繰り返し観るほどに好きな映画であるが、このプロフィールシートが参加者同士の会話を円滑にする目的で用意されたものであることを考えると、共通の話題として盛り上がれる可能性の高い有名作品を書いておくという選択肢も当然頭に浮かんだ中で、ちょっとマイナーな映画を書いて“個性的な自分”を演出してやろうという気持ちがあったかなかったかと問われれば、それはもう、ありましたと答えざるを得ない。

とはいえ邦画、麻生久美子と加瀬亮、主題歌はYUKI、好きだという人もきっといるはずだと、自分では絶妙なラインを突いたつもりでいたのだが、その予想に反して『インスタント沼』はことごとくスルーされ続け、その上、「睡眠」よりは幾分マシかと趣味欄に「酒」などと書いてしまったせいで、出会う男性たちに次から次へとおすすめの居酒屋を紹介する羽目になった私は、もはや恋愛対象というより限りなく吉田類に近い存在となっていた。

そんな中で唯一、「『インスタント沼』ってどんな映画?」と興味を示してくれた男性がいたので、私は脳内で開いていたすすきの酒場リストをすぐさま放り投げ、よくぞ聞いてくれましたとばかりに前のめりで語り出そうとしたのだが、どうしたものか、言葉が出てこない。実を言えば、この映画の何がそんなに好きなのか、自分でもよくわかっていなかったのだ。

そもそも『インスタント沼』は、観たことのない人に説明するのが非常に難しい作品である。あらすじとしては、担当雑誌が廃刊になり出版社を退職した主人公・沈丁花ハナメが、ジリ貧の人生を立て直すため行方不明の父親を探しに行くヒューマン・コメディ、なのであるが、このあらすじが全く役に立たないくらいストーリーはあっちこっち脱線を繰り返し、ツッコミ不在でおかしな人たちがおかしなことを言いながらおかしな行動をとり、これでもかと盛り込まれた小ネタの数々が観る人を惑わせ、最後に驚きのどんでん返しが待っている、というわけでもない。

前のめりのままフリーズする私を、男性の被っているMARVELのキャップが更に追いつめる。壮大なストーリーと大迫力の映像が魅力のヒーロー超大作を好む人に、この怪作を肯定的に説明することは果たして可能なのか。考えれば考えるほど頭が真っ白になり、最終的には「なんか変な映画っすグフフ」などと半笑いで誤魔化すことしかできなかった。

これがマイナー映画で個性を出そうと目論んだ人間のなれの果てかと思うと、あまりに情けない。手首から糸を出せるならスッ飛んでその場から逃げ去りたかった。

そんな苦い思い出のある『インスタント沼』だが、今でもやっぱり定期的に観ている。時折、無性に観たくて仕方ない衝動に駆られるのだ。しかし、何がそんなに私を虜にするのか、未だよくわからないままである。

この映画は冒頭から相当おかしい。「自分の目で見たものしか信じない」と豪語するハナメに、ハナメの母親は真剣な顔で、「たまにはありえないものとか、見なさいよ?」と説く。親からの訓示として「現実を見ろ」というのは定番だが、「ありえないものを見ろ」とはなかなか異次元だ。

ハナメはそんな母親を「頭おかしい」と一蹴し、占いで盛り上がる同僚たちの前で「占いで人生わかるわけがない!」と断言、心霊スポットへ取材に行けば「本当にいるならさっさとその手のもの出しなさいよ!」と叫び、「私見たんです!」と主張する人に対して「私は見てないし」と吐き捨てる。ハナメのあまりに頑なな態度についつい笑ってしまうのだが、他人事ではない。

何を隠そう、私もずっとそうやって生きてきたのである。

朝の占いランキングに難癖をつけ、厄年の心配をする友人を鼻で笑い、キットカットを食べて負けるやつもいるとかウカールを食べてオチールやつもいるとか捻くれたことばかり言っているうちに、メイちゃんがトトロに抱きつくシーンでさえ「臭そう」と思ってしまうレベルで「不思議なものを信じない」が重症化してしまった。

ハナメも途中で気付くのだが、信じるとか信じないとか、そんなものはただの意地でしかない。

意地は時に重荷となり、その重さでズブズブと人生が沼に沈んでいくのだ。そういう感覚を、私も確かに味わったことがある。だからなのだろうか、行き着いた先で「ありえないもの」を目の当たりにしたハナメが青空をバックに長台詞を捲し立てるラストシーンは、痺れるほどに爽快だ。深いのか深くないのかよくわからない言葉の数々に尻を叩かれ、よくわからないまま気付けば前を向いている。

さて、映画の中で特に印象的なのが、「折れ釘」の件である。ハナメは子どもの頃に納屋で拾った折れ釘を大切に鞄の中に忍ばせ、知り合った人に見せては感想を聞く。ハナメ曰く「すっごくいい折れ釘」とのことで、「この良さがわかる人は信用できる」とまで言う。そういう自分だけの物差しがあるのは面白いし、「なんかいい」と思うものを、自分以外の誰かにも「なんかいい」と思ってもらえたら、それはものすごく嬉しいことに違いない。

となると、私にとっての折れ釘がまさに『インスタント沼』なのではないだろうか。お気に入りの折れ釘を眺めるように、そして自分自身の「なんかいい」の感覚を確かめるように、私はこの映画を何度も何度も観てきたのかもしれない。そう考えると、合点がいく。誰かとこの「なんかいい」が通じ合ったら、ものすごく嬉しい。だから、「なんかいい」がなんなのかよくわからないまま、それでも私は『インスタント沼』が好きだと言い続けよう。

もし相手がMARVELのスマホケースを使っていたとしても、だ。

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(c)2009「インスタント沼」フィルムパートナーズ
映画『インスタント沼』はU-NEXTなどで配信中!


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この記事を書いた人

北の大地でエッセイなど書いています。
文芸/飲食/音楽/ラジオ