【フォトエッセイ】写真で切り取る、日々是好日~1輪の花と老婦人との出会い〜

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アザミのとげに触れるみたいに、胸がちくちくと痛いときがある。今がそれだ。ひとつの物事に対して受け取る感情が人一倍多い私は、日々の変化に直面するたびしばしば心身の調子を崩す。昔は対処するのが下手だったけれど、今はだいぶ自分自身と上手く付き合えるようになり、辟易しがちだったナイーブな部分も受け止められるようになってきた。

変化に弱く傷つきやすい私だけれど、胸をはって言える愉しみがある。

それは写真を撮ることだ。

このところ7年くらい、カメラを提げて外出することを趣味にしている。最初はたどたどしかったのも徐々に慣れ、写真を撮ることで見える世界の鮮やかさや解像度が各段に上がった。今はもう字を書くことと同じくらい、写真を撮ることは私の生きがいであり、アイデンティティになっている。

写真を撮るということは、被写体が風景であっても人であっても「対話すること」が大切だと思う。近所の桜並木だったり、河川敷から見える夕焼けを撮るときには、風景に反射して返ってくる自分の声を聴く。目の前の光景を見て、自分は今どんな風に感じているか、耳をすませるのだ。そして人を撮るときは、なるべく会話を絶やさない。天気の話、最近起こった身の回りの話、女どうしのあれこれ……話しているうちに被写体の表情が柔らかくほぐれ、あるいはきりっと澄んで、「いいぞ、今だ」という顔になってくる。その瞬間を逃さぬよう、神経を研ぎ澄ませる。緊張するけれど、胸が高鳴る極上の瞬間だ。

先日のポートレート撮影で、花と女性を撮った。以前から魅力的だなと思っていたモデルさんと縁があり、「ヘルシーな美」をテーマに撮影をすることになったのだ。撮影に使う花は撮影場所のホテルからほど近い花屋で調達する手筈になっていた。目星をつけていたお店の扉をくぐると、そこには老婦人がいた。

「いらっしゃいませ」

笑顔で声を掛けられる。そばには女性もいて、どうやら母娘で花屋を経営しているようだった。会釈をしてぐるりと店内を見渡して見つけた、ひときわ目を引く1輪の花。鼻をくすぐる甘い香りと上品な色づきに申し分ないと思った私は「この花をください」と老婦人に言った。

「かしこまりました」

はきはきとした返事が胸にすっと沁み入る。背すじをしゃんと伸ばし、エプロンの緒をしっかり結んで応対する彼女が花瓶から花を抜き取って、ていねいな手つきで紙に包むのをじっと見ていた。

きっとこの老婦人は、この花屋を開いて長いのだろう。親子代々、花を愛してお店を切り盛りし、手間暇かけて花たちを育ててきたのだろう。皺だらけの手で包まれた花は凛としていて、それでいて力強い息吹も感じられた。

「ありがとうございます」

「いいえ、すてきな花を買わせていただけてうれしいです」

「またお越しください」

二言三言、会話を交わし、お店をあとにした。2月の薄く晴れた空の下を、美しい花とともに歩く。心がじんわりと温かくなり、まるで私の心にも花野が広がった気持ちだった。

美しいものは私の心を自由にさせる。どこまでも晴れやかになるし、そして写真を撮ることの幸せを感じさせてくれる。刹那的で、儚くて、永遠には続かない。何もかもを「だいじょうぶ」にさせるための強力な効き目はないけれど、私はその、たおやかで何気ない幸福にファインダーを向けて生きていきたいと願うのだ。

「お待たせしました」

「早かったですね」

ホテルに帰ると、撮影の準備をしていたモデルさんに驚かれた。確かに即決だったな、と微笑する。

「この花がいいって、直感で思ったんです」

そうして撮ったのがこの写真だ。デジタルの写真も好きだけれど、この写真に関してはフィルムで撮って良かったと思う。たとえアナログが廃れゆく未来だったとしても、その時の空気を閉じ込めた「匂い」の感じられるフィルムを、私はこれからも愛していきたい。

花が、生きている。うれしそうにほほ笑んでいる。私には、そう見える。

写真を撮るということは、世界と向き合うことだ。目の前に起こっている小さな奇跡を、運命がたぐり寄せた美しい光景を、ちゃんとこの目に焼きつける。その瞬間に感じた気持ちを忘れないようにするため、証を残す。

私は、写真を撮るたびに世界に恋しているのだと思う。この世界は悪いことばかりじゃない。どこかにきっと、愛がひそんでいる。カメラを構えるという行為は、そう思えるようになるためのおまじないなのだ。

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被写体:
撮影:安藤エヌ

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この記事を書いた人

日芸文芸学科卒。映画レビューが書きたいエンタメ系ライター。rockin'onなどにも寄稿中。自著『愛をくれ』はこちら個人リンク: note/Twitter/Instagram