【武道家シネマ塾】第8回:『ロッキー3』~時代おくれの友情~

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(by ハシマトシヒロ

2022年3月。
アカデミー賞授賞式において、ウィル・スミスは、司会者を平手で張り飛ばした。

同じく2022年3月。
NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』において、北条時政は、主君である源頼朝を罵倒し、袂を別った。

どちらのケースも、自分の大事なもの=家族を侮辱されたことに端を発する。自分自身のことは、なんと言われても構わない。だが、自分の大事な家族を侮辱することは許さない。

この2人を見て、僕は『ロッキー3』を思い出した。

ロッキーは怒らない。

記者会見などでの、いわゆるトラッシュ・トーク。対戦相手(主にアポロ)からの挑発的な言動を受けても、基本的にロッキーは無反応である。あの眠そうな顔のまま、
「なぁ、ミッキー。ここは俺も言い返した方がいいのか?」
と、老トレーナーに尋ねたりする。

プロ格闘技は、対戦前の舌戦も含めての、ひとつのエンターテインメントである。百戦錬磨のアポロは当然その辺も心得ており、挑発の際の言葉選びも巧みだ。

一方ロッキーは、もう本当に不器用で口下手で「歌うことも踊ることも出来ない」男であり、かつ沸点も高いようで、挑発されてもぼんやりしている。

「これではいい絵が撮れない!」と判断した記者が、
「アポロはああ言ってますが、あなたは言い返さないんですか?」
と振っても、
「え? なんで? アポロは強いよ」
と、話を終わらせる。

そのくせ、ファイトマネーの使い道を問われると、
「実は買いたい物リストを作って来たんだ! 帽子にバイク、エイドリアンには香水、生まれて来る子供には人形、教会にキリスト像を寄付して、ポーリーにはアイスクリーム製造機、それからミッキーには……」
と、いつまでも喋り続ける。アポロ、呆れる。ロッキー、ニコニコ。

そんな「愛すべき鈍獣」のようなロッキーが、今作『ロッキー3』において、初めて相手の挑発に怒りを爆発させる。

次戦の相手、クラバー・ラング(ミスターT)がエイドリアンを侮辱したからだ。
ロッキーも、先述の2人、ウィル・スミスや北条時政と一緒だ。

そんな“世界三大家族思い”のひとりであるロッキーの物語も、早や3作目である。

秀逸な人間ドラマだった前2作を観た方は、当然そのままの流れでこの3作目も観るだろう。だが、ここは一息ついてお茶でも飲もうじゃないか。

落ち着いたところで打ち明けるが、この『ロッキー3』を前2作と同じノリで観てはいけない。この作品のテーマは、「友情・努力・勝利」である。『少年ジャンプ』的世界観の物語だ。従って、一度頭のモードを「中学生男子」に切り替える必要がある。

男は、何歳になってもベースが中学生なので、中学生に戻ることは容易だ。

問題は女性だ。「中学生女子」に戻ってもダメだ。『りぼん』や『ちゃお』に『ロッキー3』は載っていない。申し訳ないが、今からネットカフェに行って『キン肉マン』か『男塾』を読んで来てもらいたい。

読んだぁ?
せっかく読んでもらったので、ジャンプ漫画におけるある法則について述べる。それは、「前シリーズのラスボスが、シリーズが変わると味方になる」という法則だ。この法則は、そのままこの『ロッキー3』にも当てはまる。あの宿敵アポロが、ロッキーの強力な味方となるのである。

クラバーとの試合直前、ロッキーの長年のトレーナーであるミッキーが、持病の心臓発作で倒れる。メンタルガタガタのまま試合に臨んだロッキーは、なす術なく敗れる。直後、ミッキーはロッキーの勝利を信じたまま、息を引き取った。

試合の数日後、失意のロッキーが誰もいない夜のジムを訪ねると、アポロが待っていた。
「新しいトレーナーが必要だろ?」
一緒に観ていた嫁は、このシーンで「胸熱!」と言って悶絶した。

クラバーへのリベンジに向け、アポロはロッキーを鍛え直す。

ステップ、サークリング、リズム感などのフットワークの練習。ウィービング、ダッキング、スウェーバックなどのディフェンスの練習。ハンド・スピード及び緩急をつけるための、細かいパンチの練習。すべて基本的な練習だが、ロッキーはびっくりするほど出来ない。なかなかの運動神経の悪さ。

加えて、ミッキーが死んだことで心が折れかけているロッキーは、いまいち練習に身が入っていない。それを見たエイドリアンに、めちゃめちゃ怒られる。
「……強くなったな……」
「ファイターの妻ですもの!」
そしておなじみのテーマに乗せて、見違えるようにやる気を出した(出させられた)ロッキーの練習風景が流れる。2作目もそうだが、結局ロッキーのやる気はエイドリアン次第なのである。

試合当日。
セコンドのアポロは、試合直前になって「試合が終わったら頼みがある」とだけ、ロッキーに伝える。

試合開始。
すっかりテクニシャンになってしまったロッキー。細かいジャブを打つ。パンチをかわす。強打を打つ際も振りかぶらない。やれば出来る子、ロッキー。初めてロッキーのまともなボクシングを見た気がする。

数日後、勝利を収めたロッキーとアポロは、誰もいない深夜のジムにいた。

2人とも、グローブを着けマウスピースを噛んでいる。軽口を叩きながら、リングに上がる。2人の戦績は1勝1敗。アポロの「頼み」とは、ロッキーとの決着をつけることだった。

「俺は1秒の差で負けた。納得できん」
アポロがロッキーを鍛え直したのは、クラバー相手に勝たせるためではなかった。より強くなったロッキーを、自分が倒すためであった。

過去2戦は、超満員の観客の前でフルラウンド戦った2人。その決着戦は、薄暗く狭く汚い場末のジム。もちろん無観客。セコンドもレフェリーもいない。もはや2人にとっては、大会場とか大観衆とかどうでもよく。ただ、この憎たらしい好敵手がベスト・コンディションで自分と対峙してくれれば、あとは何もいらない。勝敗だって、他人が決めることじゃない。殴り合った当人同士が、いちばんよくわかってる。だから、レフェリーもジャッジもいらない。

お互い、リングをサークリングしながら、まだ軽口をかわしている。
「なぁ、種馬(アポロはロッキーをこう呼ぶ)。年は取りたくないな」
「年寄りにしちゃ、いい動きだぜ」

軽口をかわしながらも、サークリングの円が徐々に縮まっていき……。2人が同時にパンチを繰り出したところでストップモーション。そして、名曲『Eye of the Tiger』が流れてエンディング。

僕が、『ロッキー』全シリーズを通していちばん好きなシーンが、このくだりである。死力を尽くして戦った末の友情というものが、確かにある。
ロッキーとアポロの友情は、ベタベタとつるんで遊びに繰り出すようなものではない。拳で語り合うものだ。血と汗の匂いがするものだ。

そんな時代おくれの友情に、僕もこだわって生きていきたい。
Twitterのフォロワー数には、もうこだわらない。

++++
(c) 20世紀 フォックス ホーム エンターテイメント
『ロッキー3』映画.comページ

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この記事を書いた人

武道家ときどき物書き。硬軟書き惑います。
映画/文学/格闘技