【エッセイ】プロポーズされた君へ、おめでとう。これから先も、隣で書かせて

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(by チカゼ

かぼすが結婚する。

その知らせを聞いていちばん最初に湧き上がったのは、「とうとうかぼすが彼氏に盗られてしまった」という身勝手な思いだった。「おめでとう」、ではなく。

ちなみにかぼすというのは、15年来の付き合いになる、ぼくの数少ない友人のひとりだ。そんなかぼすからティファニーブルーの小箱の写真が送られてきたのは、去年のクリスマスの翌朝のこと。いつもは寝覚めの悪いぼくだが、この時ばかりは一瞬で眠気が吹き飛んだ。

慌てて「プロポーズ?!」とフリックすると、既読がつくや否や、肯定を示す彼氏とのツーショット&でっかいダイヤのついた指輪をはめてニヤつくかぼすが、ぽこんとLINEの画面に出現した。

うっすら滲んだ視界の中で、かぼすの笑顔がゆらゆら揺れる。それでもむりやり親指を動かして、なんとか「おめでとう」の5文字を送った。そしてiPhoneを放り出し、もう一度布団を頭までかぶって泣いた。かぼす本人には、まだこんなこと言えてないけど。

かぼすと最初に出会ったのは、中学2年生の転校初日。帰りの京王線の車内だった。「転校生だよね?」と前触れもなく許可も取らず隣に座ってきたかぼすは、そのままマシンガントークで一通り自己紹介をし、有無を言わさずぼくのアドレスを聞き出し、「じゃ、私ここだから!」と唐突に途中の駅で降りていった。

いや、あんただれ。

彼女に対する最初の印象、というか感想は、ただそれのみだった。入ったクラスに彼女はいなかったはずだし、指定制服もないため、ぼくを同じ学校の転校生だと見分けることができた理由もわからない。ぼくにとってかぼすは、そんな台風みたいな女の子だった。

それでもかぼすは、学校や行き帰りの電車内でぼくを見かけると必ず手を振ってきた。曖昧な笑顔でそれに返し続けていると、なんと次の年にまさかの同じクラスになってしまった。

かぼすとどうやって仲良くなったのか、実のところ覚えていない。かぼすは意地でも緑と紫の服しか着ない子どもで、ぼくは意地でも赤とオレンジの服しか着ない子どもだった。こだわりが強くて神経質で気にしいで、でもやかましくておしゃべりで。かぼすとぼくは、そういう意味ではよく似ていた。そして1学期が終わるころには、どういうわけだかときどき登下校やお昼ごはんを共にする仲になっていた。

かぼすはaikoに心酔していた。当時は中学生らしく、かっこつけで洋楽ばかり聴いていたぼくに、かぼすはaikoを熱心に布教した。完璧にターゲット層を間違えていたはずなのに、ぼくはいつのまにか、中3の1学期が終わるころには、その前年に発表されたアルバム『彼女』の収録曲すべてを空で歌えるようになっていた。

やがて高等部に上がったぼくとかぼすは、1年生のときだけ、違うクラスに振り分けられた。集団行動を苦手とするぼくとかぼすは、いつもべったりだったわけではない。それでもなぜだか1週間のうちの数回の放課後は、かぼすと駅前のマックにいた。かぼすは飲めないくせに毎回ブラックコーヒーを頼み、ぼくは毎回その残りを引き受けた。

2・3年生のとき、再び同じクラス内で過ごすようになったぼくとかぼすは、けれども文系と理系だったためにあまり授業は被らなかった。かぼすは管理栄養士を志し、ぼくは「一応のところ」早稲田大学法学部を第一志望としていた。それでもかぼすと口をきかずに下校する日は、一度たりともなかった。

ある日、受験間近の年明け前。父親の苛烈な教育虐待に耐えられなくなったぼくは、放課後の空き教室で嗚咽しながらすべてを吐き出してしまった。暴力を振るわれていること、「現役で早稲田に合格しなければ死刑だ」と宣告されていること。かぼすは、呆然としていた。そして口にすべき言葉を一生懸命探し、探して探して、でも見つけられなくて、最終的にうなだれてしまった。「ごめんチカゼ、今の私には何もしてあげられない」。虐待されている友だちを救う術など、17歳の高校生にはあるはずないのが当たり前なのに。それでもかぼすは、己の無力さに真剣に打ちひしがれていた。

卒業後、1年間の浪人を経て関西の私大に進学したぼくの元に、かぼすは遊びに来たことがある。父親から逃れるための進路だったけれど、しかしながら思い描いていたキャンパスライフとのギャップに悩み苦しむぼくを、たこ焼きを食べに道頓堀へと連れ出した。いつでも彼女と会える距離に戻りたくて、ぼくは関東の国立大3年次編入試験を受け、無事合格を勝ち取った。「東京に戻るよ」とかぼすに告げると、電話口で悲鳴に近い歓声を上げたので、ぼくの鼓膜は危うく破れそうになった。

知らないうちに距離を詰め、ふと気がつくと隣に座っている。台風みたいに騒々しいのに、変なところでクヨクヨ悩むし、よく落ち込んですぐに泣く。おしゃべり星人のぼくとかぼすが一緒にいると、電車内や街中で知らない人に注意されることもしばしばだった。

ぼくが東京に戻る2014年の1月に、aikoは新曲『君の隣』を発表した。

“君が遠くで泣いていないか 今夜は胸が締め付けられる程苦しい”

その年の3月、新しい大学に編入する直前の春休み。ひさしぶりにかぼすの顔を見たぼくは、あからさまに胸を撫で下ろしていた。これからはいつだって、会おうと思えば会えるから。

ぼくより一足先に大学を卒業し、血眼でテキストと向き合ったかぼすは、無事国家試験に合格して管理栄養士の資格を取った。翌年、ぼくが修士号取得と同時に「結婚が決まった」と報告すると、かぼすはちょっとだけ拗ねて、それで初めて喧嘩みたいなことをした。かぼすは過剰なほど狼狽えて、ぼくも泣いた。

ぼくと夫の結婚式に、かぼすはもちろん参列した。ブーケトスの歴史的背景を嫌悪するぼくは、とある映画のキャラクターのぬいぐるみを会場のバルコニーから、客がいる中庭にぶん投げるという奇行に走った。ダッシュでそれを掴み取りに行ったのは、他でもないかぼすだった。

かぼすがプロポーズされたのは、ぬいぐるみトスのご利益だろうか。ぼくの結婚式がなにぶん3年も前なので、そのことをすっかり忘れていたが、「チカゼが家を出て、幸せになって、本当によかった」と二次会で笑ったかぼすの表情だけは、脳裏に焼き付いている。

“いつだって君が好きだと小さく呟けば 傷跡も消えて行くの もう痛くない”

一通り泣いてから、カメラロールを漁ってそのときの写真を引っ張り出す。見事ぬいぐるみを勝ち取ったかぼすは、水戸黄門の印籠よろしくそれを誇らしげに突き出していた。

“雨が止み光射すあの瞬間に ねぇ 隣で歌わせて”

やっぱり寂しい。とてもとてもとても寂しい。結婚したって、もちろんかぼすはかぼすだ。14歳のときからなんら変わらぬ、台風みたいに騒々しくてそのくせ泣き虫のかぼすのままだ。結婚してもなお、ぼくが14歳のときとなんら変わっていないのと同じで。

だから、大丈夫。会う時間も、LINEする暇も、なくなるわけじゃない。かぼすとぼくは人生の半分以上を共に過ごしてきたけれど、でもかぼすはかぼす自身のもので、そもそもぼくのものじゃない。ただかぼすはかぼすとして、愛する人と生きていくだけだ。かぼす、おめでとう。幸せになってね。そしてこれから先も、どうかずっと、隣で書かせてほしい。

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画像:横浜自由人さんによる写真ACからの写真

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この記事を書いた人

伊藤チタのアバター 伊藤チタ “ヤケド注意”のライター

エッセイスト。ヤケド注意の50℃な裸の心を書く。古着とヘッセが好き。
映画/小説/漫画/BL