【エッセイ】トイレットペーパーとお尻の尊厳

【エッセイ】トイレットペーパーとお尻の尊厳

(by こばやしななこ

乙女のカリスマこと作家の嶽本野ばら先生が「キティちゃんのトイレットペーパーしか使わない」とエッセイに書いてらした。

思春期から彼の作品に影響を受けまくっていた私は読んでさっそく感銘を受け、キティちゃんのペーパーを探した。そんなもんどこにも売っていやしなかった。

エッセイは「ディティールに拘れない人間は、どれだけ知識を持とうが、お金を掛けようが、足掻けど足掻けど、洗練されることはありません。」という一文から始まっている。ひぃ……このままじゃ洗練された人間になれない!

特別措置として、かわいいならキティじゃなくてもOKということにした。ぐっと難易度は下がる。それから現在に至るまで私は先生の教えを守り、電気が止まろうとカードが利用停止になろうと10年以上もお値段はかわいくない、かわいいトイレットペーパーを使い続けている。

かわいいの判断基準は自分の匙加減である。最悪、イラストが入っていなくてもかわいい色をしているならいいことにする。店に売っているペーパーに色付きのものがなく、ガチャピンとムック柄しかなかった時は正直かわいいか微妙だったけどここで手を打った。使ってる期間ずっと「ちょっと違うんだなぁ」と思い続けていた。ガチャピンとムックに罪はないが、メルヘンが足りない。できればピンクで、花とか散りばめられた少女趣味なペーパーがいい。マイメロとかさ。ケチってお買い得品を買うなど論外。出先では白いペーパーでもあまり気にならないが、血尿出るほど働いていた会社員時代のオフィスのトイレが業務用トイレットペーパーだったのにはテンション下がった。ペラペラだしカサカサじゃん。心までペラペラでカサカサになってしまう〜。

野ばら先生は当時、荻窪の自宅からキティちゃんのトイレットペーパーを買うために新宿のドンキ・ホーテまで行き、たくさん買い込んで帰りはタクシーを使っていたというのだから、さすがカリスマだ。すぐ妥協案でいいや、となる自分はまだまだである。

とはいえ、カリスマのまねっこで始めた習慣はいつしか、お尻の尊厳を守るために必要な私自身のこだわりになった。お尻の尊厳とは我ながらよく言ったものだ。どんなに丁寧にお化粧して、どんなにお気に入りの服を着ても、トイレの中ではお尻丸出しなわけで。惨めだ。元々、お尻には自信がない方である。しかもそのお尻から排泄しているなんて……受け入れ難い。トイレに行くたび私のお尻の尊厳はちょびっとずつ損なわれるが、かわいいトイレットペーパーがあれば失われた尊厳もみるみる回復する。

うっかり補充を切らし、取り急ぎコンビニで買ってきた白いペーパーを使うのはなんとも味気ない。心を無にして乗り切るしかない。

「白いトイレットペーパーはイヤなの。ここだけはかわいいやつじゃないと。」と一緒に暮らす恋人にもかわいいトイレットペーパーを強要している。最近は、おうち時間を充実させるべくネットでリラックマのペーパーを注文した。キティちゃんもあったのに高価すぎてひよって買えませんでした……やはりキティは格が違います。私のお尻はまだ、キティにふさわしいお尻ではないのかもしれない……

ちなみに野ばら先生がキティちゃんのトイレットペーパーへのご執心を綴られていたエッセイは『アラジンと魔法のお買物』という本だ。

この本を出版された頃、野ばら先生は東京にお住まいだったが、今は京都のご実家で暮らしていらっしゃるという。ご実家でもまだ、キティちゃんのトイレットペーパーをお使いですか?そこが気になります。

++++
画像:hana+chocoさんによる写真ACからの写真

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でBadCats Weeklyをフォローしよう!