【ぼくが映画に潜るとき⑤】『パッチギ!』〜イムジン河を渡り切る意味について〜

【ぼくが映画に潜るとき⑤】『パッチギ!』〜イムジン河を渡り切る意味について〜

(by チカゼ

ぼくは「祖国」がわからない。

昨年、帰化申請をして日本国籍を取得したぼくは、「日本人」になった。それまでぼくは韓国籍で、書類上では「在日韓国人4世」だったのだ。でもこの表現は、ぼくにふさわしくない。なぜならぼくのルーツは、もう少々込み入っているから。

朝鮮戦争、南北分断。イムジン河を中心に半島をぽっきり2つに隔てた原因を生んだ日本とソ連──ロシアの血も、ぼくは引いている。そしてもしかしたら、中国も。あとこれはついこのあいだ判明したんだけど、どうやらアイヌ民族も祖先にいるらしい。もうなにがなんだか自分でもわけわかんないし、それを教えてくれた伯父さえも「もうわけわかんねえな」と笑っていた。

映画『パッチギ!』の中で、主人公・松山康介は、ザ・フォーク・クルセターズは、歌う。「だれが祖国をわけてしまったの」と。ぼくの「祖国」は、いったいどこにあるんだろう。「祖国」に思いを馳せるたび、ぼくのからだは、3つに、あるいは4つや5つに、引き裂かれる。日本、韓国、ロシア──それから不確かな中国と、アイヌ。

鴨川は、ちょうど康介たち日本人の住む地域と、彼が恋に落ちる朝鮮学校の吹奏楽部所属の生徒である、リ・キョンジャたちが住む朝鮮部落を隔てるように流れている。それでも康介はいつだって、川を渡ることを諦めない。キョンジャに「付き合ってくれへんか」と告白して、チェドギと一緒にフォークバンドをやろうと約束する。それは果敢でもあるけれど、無知からくる無邪気さでもあった。

在日朝鮮人2世であるキョンジャは、康介に「キョンジャの祖国はどこ? 京都? それとも朝鮮?」と訊ねられたとき、「どこやろね」と寂しそうに笑っていた。たぶんキョンジャもわからないのだ、自分の「祖国」が。戸籍の上では「朝鮮籍」と示されているけれど、キョンジャの母国語は日本語で、住んでいるのも京都で、でも自分が身を置くのは在日朝鮮人社会で、通っているのは朝鮮高校で。所属する国を、自分が「何人」であるのかを、自分でも説明できない、あの果てしない心細さ。

だからこそ康介の恋心は、「付き合って」と告白する軽率さは、あまりにも残酷だ。

「もしもね、もしもの話よ。あたしとこうちゃんがずうっと付き合って、もし結婚するなんてことになったら、朝鮮人になれる?」

キョンジャの返事は、ぼくがこれまでの恋人たちに対して口元まで出かかった/そして今の夫に対して実際に言った台詞と、まったく同じだった。

“ぼくが日本と韓国とロシアと──もしかしたらその他数カ国の──ミックスで、国籍が韓国だってことを知っても、あなたはぼくを好きなままでいられる? ぼくとの結婚を望む?”

中学時代の人種差別に因るいじめをきっかけに、転校後14歳からぼくは日本名を名乗って生活してきた。そのころから「外国人」であることは、ぼくの中での重大な秘密になった。バレたら、殺されるかもしれない。そんな恐怖を心のどこかに常に抱えて毎日を過ごしていたし、それが大袈裟ではないことは昨今のヘイトスピーチが裏付けている。「善い韓国人も、悪い韓国人も、死ね」と書かれたプラカードを目撃してしまったときは、文字通り命の危機を覚えた。

チェドギは言う、「ほんまは俺らかて、喧嘩すんの怖いねん」と。袋叩きにされる夢を、何度も見ていると。死の恐怖と常に隣り合わせだから、キョンジャの兄であり朝鮮高校の番長であるリ・アンソンは、バンホーは、そしてチェドギは、日本人の高校生(ライバルの東高の生徒たち)にパッチギ──頭突きを喰らわせるのだ。それ以外に、身を守る術がないから。排斥と差別と分断は、それほどまでに容易く命を奪うことを知っているから。

アンソンの恋人・桃子の出産費用のためにアンソンの学ランを売りにいく過程で、チェドギは東高の生徒たちにリンチされてしまい、その帰り道に事故で死んでしまう。その葬式で、おじさんは康介に「出ていってくれ」と言い放つ。

「お前ら日本のガキ、何知っとる。知らんかったらこの先ずーっと知らんやろ、バカタレ。ワシらはお前らと違うんやぞ。日本人の食べ残した豚の餌、盗み食いして、見張りのヤクザにどつかれて、足曲がっとるんよ。お前にゃいて欲しない」

責め立てるように、捲し立てるように怒鳴るおじさんは、最後に「帰ってください」と付け加える。小さく細く囁いたそれは、間違いなく懇願だった。おじさんだって、理解している。康介が悪いわけではないことも。康介がおじさんたちを、在日朝鮮人を虐げたわけではないことも。それでも、言わずにはいられなかったのだ。

イムジン河が隔てているのは、朝鮮半島だけじゃない。日本人と、在日朝鮮人。朝高と、東高。アンソンと、桃子。康介と、キョンジャ──そしてチェドギ。ぼくと、ぼくが愛しく思うひとたち。何も言い返せずにふらふらと葬式場を後にした康介は、鴨川に架かる橋の中ほどで、いかだであるギターを粉々に破壊する。彼は結局のところ、イムジン河の本質を捉えられていなかったのだ。ただその上っ面をなぞっていただけに過ぎなかったから、康介はこのとき、川を渡り切ることができなかった。

その康介に手を差し伸べたのが、彼をスカウトしたラジオ番組のプロデューサーだ。

「どんな理由があろうとなあ、歌ったらあかん歌なんかあるわけないんだよ!」

そう言ってプロデューサーは、康介にもう一度、ギターを──いかだを渡す。そして康介はラジオ局で歌う、イムジン河が真に隔ててきたものを知った上で。その哀しみの輪郭と、踏み躙られた多くのひとたちの心を、今度こそ掴み直して。

きっとひとりじゃだれも、イムジン河を渡り切れない。それほどまでにこの川の流れは早くて、そして深くて、しかもめちゃくちゃにどろどろしていて、なんか臭くて、迂闊に足を踏み入れたらみんなあっさりと溺れてしまう。「祖国」がわからないぼくは、ずっとイムジン河を渡れなかった。足を踏み入れようともしなかったし、渡ってくる人を待つことさえ諦めていた。

それでも、イムジン河の岸辺でぼうっと突っ立っているぼくに、いかだの材料を差し出してくれるひとたちがいた。奥底に押し込めた秘密を堪え切れず吐き出して、それでもどうあってもぼくを好きだと言い切ってくれた彼らからもらった材料を、自分なりに工夫して、死に物狂いでいかだを編み上げて。そうして溺れかけたり汚水を飲んだりしながら、なんとかぼくはぼくのイムジン河を、渡り切ることができた。それは日韓露ミックスであることをカミングアウトして文章を書くようになった、つい最近のことだ。イムジン河を渡り切るまで、ぼくは29年もかかってしまった。

日本国籍を取得した今も、30歳を目前にした今も、ぼくは「祖国」がわからないままだ。でも、たどり着いた岸辺で、静かにぼくを待ってくれていたひとがいた。川の中洲まできて、引っ張り上げてくれるひともいた。だったらそれだけでもう、いいんじゃないか。濁流を渡り切った先にいたひとたちを、今もこれからもぼくは、大切に想う。たぶんそれこそが、イムジン河を渡り切った意味だったのだ。

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