(by 碧月はる

晩秋の夕暮れどき、ふと思い立ち、てくてくと散歩をした。民家の柿の実が鈴なりになっている。枝先には、もうほとんど葉が残っていない。その光景を目にして、祖父母の庭に毎年たわわに実る柿の実と、庭の後ろにそびえ立つ山々の連なりを思った。杉の木が凛と立ち並ぶ山間のなかに、ぽつんと佇む一軒の家。もう、いつ何があってもおかしくないほどの年齢になった祖父母は、今も元気でいるだろうか。

庭の柿の実を、兄や姉と競って食べた。食べ過ぎると腹を壊すとよく言われたが、私の腹は食べ物に関しては驚くほど丈夫だった。たとえ柿を一度に5個食らおうとも、そのなかに腐りかけの果実が混ざっていようとも、案外びくともしなかった。生まれ持った身体そのものは、このうえなく健康体であった。そのぶん目に見えない、ひと際やわい部位だけが、ひどく扱いづらかった。

「ストレス」という食べ物以外の要因にさらされた途端、丈夫なはずの私の胃袋は、簡単に悲鳴を上げる。先日も、まさにそんな要因がいくつも折り重なり、久方ぶりに吐血をした。赤黒く滲んだシーツの染みをごしごしと手洗いしながら、これでもう何度目だ、と思った。言いたいことを飲み込んだ回数と同じだけ、苦いものを吐き出している。でもそれは私だけではなく、生きている人みんなが感じていることなのかもしれない。

一度、休もう。そう決意せざるを得ないほどには、深手を負っていた。痛みは背中まで達しており、体勢を変えるだけでもひきつれるようにぎしりと嫌な音を立てた。仕事を調整し、スケジュール帳に余白ができた途端、倒れ込むようにこんこんと眠り続けた。薬の力も借りて強制的に身体を休め、消化にいいものを口に運び、目に入れると内臓が軋むものからはひたすらに逃げた。そうやって朝と夜を規則正しく重ねるごとに、身体も心も少しずつ、本来あるべき姿を取り戻していった。

静養中、体調を気遣ってくれた友人から、数種類のスープが届いた。「温かいスープをどうぞ」と綴られた便せんには、丁寧な文字と桃色の桜がそっと並んでいた。届いたその日の夕飯に、カボチャのスープをいただいた。一口目を含んだ途端、頬がだらしなくゆるんだ。濃厚なカボチャの甘味が、口いっぱいに広がる。ごろごろと具だくさんのスープにパンを浸しながら、指先を子どもみたいに黄色に染めながら、私はひとり、幸福な面持ちで口を動かし続けた。友人が私を想って選んでくれた気持ちまでもが、ひたひたと胃袋に満ちていく。それはやがて、しっかりと私の血肉となり、こうして文章をしたためるエネルギーにもなった。すごいことだなあ、と思う。食べることは生きることで、想うことは満たすことで、想われることは満たされることだ。私がその友人を大切に思うように、また相手も、私を大切にしてくれる。それは全然、当たり前じゃない。大袈裟でも何でもなく、奇蹟みたいなことなんだ。

橙色の柿の実を見て、“おいしそう”と感じるようになった。固形物を飲み込んでも、吐かなくなった。外を散歩していても、胃袋を屈めなくて良くなった。秋の空の抜けるような青に、ため息をこぼせるようになった。そして、悲しい記憶と同時に懐かしい思い出が蘇ってきても、深呼吸を3回ほど繰り返すことで、どうにかやり過ごせるようになった。この世界は、荒々しくて、容赦がなくて、ときに温かくて、ひどくやさしい。思えば昔もそうだった。絶望しかないような日々のなかにも、ひどく不器用なやさしさがあって、かすかな温もりがあって、隣にはいつも、紺碧の穏やかな海があった。

こうやって生かされてきた。ずっと、ずっと、ずっと。それなのに、いっとう辛いときに、まるで世界にひとりぼっちみたいな気持ちで泣いてしまうのは、一体どういうわけなのだろう。

差し伸べられた腕の温かさを、私はとうの昔に知っているはずだった。それなのに、未だにどこかで怖がっている。それはきっと、急に腕を引っ込められたときの絶望をも知っているからなんだろう。登りかけの梯子を外されたときの恐怖を、もう二度と味わいたくないと思っている。でも、それを恐れて縮こまっていたら、私はこの先、誰のことも信じられないまま、誰の腕も掴めないまま、溺れながら歩んでいくしかない。そんなのは、いやだ。私は、私を信じてくれる人たちを、もっとちゃんと信じたい。そう思って、明るい黄色のスープをごくりと飲み込んだ。喉の奥へと滑り込んだ甘さが、やわらかいところをやさしく撫でてくれた。「大丈夫だよ」と、そう言ってくれているみたいだった。

ひとり歩きを覚えたての赤子のように、ヨチヨチと歩いている。仕事のみならず、個人の生き方においても、この年で眩暈がするほどの「はじめて」を経験している今、幸福と緊張と苦痛とが、忙しなくいったりきたりしている。暮れなずむ空の色のように、刻々と自分の内側が変化しているのを肌で感じる今日この頃、私は時々、あまりにいっぱいになってしまって、怖くなってしまって、幸福なのに途方に暮れてしまうのだ。そして、苦しいのに、笑ってしまうのだ。

決してスマートとは言えない自分の生き方に、自嘲気味の笑いが漏れる。でも、そのたびに思い出す、とある台詞がある。

「かっこわるい自分を知ってる人が、大人だと俺は思います」

三島有紀子著『しあわせのパン』より

原田知世、大泉洋が主演を務め、話題となった映画『しあわせのパン』。こちらの作品は書き下ろしの小説も販売されており、表紙には主役の二人が背筋を伸ばして並んでいる。北海道の月浦で、宿泊も兼ねたオーベルジュの『cafe mani(カフェ・マーニ)』を営む「りえさん」と「水縞くん」。二人の元を訪れる人々との交流を描いた物語は、読み返すたびに水のように染み込んでくる。じわじわと、ひたひたと、足りない箇所を補ってくれるかのように。やさしい気持ちを取り戻したいとき、私は無意識にこの本に手を伸ばしている。

かっこわるく、みっともない。でも、そもそも生きるとはそういうことだ。やさしくありたいのに泣き叫んでしまう。挙句、そんな自分を許してほしいと、どこかで浅ましく願っている己の醜さを私は知っている。それらを直視するのは、とても怖い。かといって、目を背けたところで、自分という人間が他の立派な誰かになれるわけでもない。情けなくて枕を濡らす夜、ぼうっとした頭を抱え、無理やり顔を洗って目を覚ます朝、痛みをこらえて笑う昼、耐えきれず吠える夜。こういう堂々巡りを幾度となく繰り返し、ああ、なんてままならないんだろうと膝を折り曲げながら、どうにかこうにか歩んできた。その道のりの先にあるのが、人生っていうやつなんだと思う。

充分、休んだ。充分すぎるほどのやさしさももらった。身体はしっかりと整い、目も頭も覚めた。だからここから、もう一度歩き出そう。そんな気持ちで、空っぽになったスープ皿に両の手を合わせた。

「ごちそうさまでした」

『しあわせのパン』ならぬ、しあわせのスープ。栄養と愛情がぎゅっと詰まった、濃厚なスープ。こんな味を息子たちにも手渡したいと、ふと思った。今度彼らがこの家に来たら、カボチャのスープを一緒に作ろう。作りながら、今夜の話をしよう。情けない大人が、嬉しくて、怖くて、不安で、でもやっぱりしあわせで、泣きながらスープを食べた、こんな夜の話を。まだ幼い二人は、きっと「意味がわからない」という顔で首を捻るだろう。それでいい。今すぐ、すべてをわからなくてもいい。いつの日か、何かの拍子に思い返すことがあったなら、その日が彼らの“大人になった日”なのかもしれない。食器を洗う水音を聞きながら、そんなことを、ぼんやりと思った。

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画像:ohsakaさんによる写真ACからの写真

 

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