【エッセイ】妄想ライフのススメ

  • URLをコピーしました!

(by こばやしななこ

生きるって大変。エコバッグ持ってても買い物に忘れず持っていけたことはないし、ぼーっとしてるとレジ袋も貰い忘れて袋だけ買いにレジに並び直すハメになる。憂鬱を切り替えるために丁寧に淹れたコーヒーも、手がすべって床にぶちまけた。コーヒーと一緒に食べようと思って焼いたクロワッサンは、なぜかトースターの出力が最強になっていて一瞬で黒コゲに。声をあげて泣きたい。とかくに人の世は住みにくい。

リアルがつらい時は妄想に逃げる。ヘマをしないで済むのは妄想の中だけ。妄想でなら、お金も使いたい放題。今日は私の妄想の世界を、恥を忍んでお見せする。

妄想にも鉄板パターンってのがある。例えば「アカデミー賞を受賞する」というやつなんか分かりやすくていい。今日はこれでいきましょう。

まず、なぜアカデミー賞を受賞するのか。1番可能性があるのは(ないだろと言うべからず)巨匠監督にたまたま見染められ、未経験ながら大抜擢されたアジア人新人女優として主演女優賞をとることか。まじめに活動している役者から「ナめてんのか」と怒られそうだが配慮は不要だ。妄想ですから。我が妄想の国は私の独裁国家である。

当日どんな格好をするかは、もっとも悩む部分だ。写真フォルダにこれまで保存してきたセレブのドレスを見返す。豪華な衣装に負けない圧があるスターたちの中で、気慣れないドレスに完全に着られてしまった弱々しい自分が浮かんでくる。ダメだ。ファッション誌に「ワーストドレスの人」として取り上げられて、ファッション弱者のレッテルを貼られてしまう。

日本人だし着物はどうか。和服のルールが間違ってるとネットで叩かれそうだし、却下。

パンツスーツは自立した女性って感じがしていいかも。色はピンクか黒。ジャケットの下はチューブトップに。シンプルで素敵だけど、もう一工夫欲しい。

実は長年、ハードロッカーみたいなタトゥーで埋めつくされた体に憧れている。実際に墨を入れる勇気はないけど、せっかくの晴れ舞台なのでジャケットを脱いだ素肌の胸肩から腕にかけてロッカーのタトゥーを模したペイントをしてもらおう。 ザ・ダークネスのボーカルみたいにするんだ。足元はオープントゥのヒール。

どうですか、このコーディネート。私は気に入りました。私が気に入ればいいんです。妄想ですから。

さあ、授賞式当日です。

まったくの新人であるにも関わらず主演女優賞にノミネートされているので、会場に行くと当然メディアに囲まれます。新人なので取材には謙虚なコメントをしておきましょう。

「この場にいることが奇跡だと思っています!今日はただ楽しんで帰ります」

受け答えはすべて日本語でする。喋れないもんね、英語。

いよいよ授賞式が幕を開けた。席は少し後ろの方です。無名だし。隣に座っているのは監督。到着した時はスターだらけの会場に興奮気味だったけど、人が多いし取材は緊張するしで授賞式が始まる頃には既に疲れちゃった。頑張ってキアヌ・リーブスにだけ握手してもらったから今日はこれでもう満足。そう思っていたのに……

「ナナコ・コバヤーシィ」

なんと、主演女優賞のプレゼンターであるアンソニー・ホプキンスが私の名を呼んだ。ノミニーを抜くワイプ映像に、あんぐり開いた口を手で押さえて戸惑う私が映し出されている。監督にStand up!と急かされて席を立つ。受賞はしないと思いながらなんとなく考えていたスピーチも吹き飛んでしまった。どうしよう!ステージに上がるとホプキンスがオースカー像を手渡し握手してくれる。うわぁ、本物だぁ。大御所すぎてビビりまくる私。思考停止。

「えっと……まさか受賞できると思いませんでした……素晴らしい役者の方々と肩を並べられて光栄です。そして、受賞できたのはすべて監督のおかげです。感謝しかありません。撮影中サポートしてくれた共演者のホアキン・フェニックスさんにも感謝します。地元でこれを見ている母にも感謝を……授賞式ってなんでみんな感謝したい人の名前を挙げ連ねるのに時間を使っちゃうのかなと思ってたけど、やっと意味がわかりました。関係者の方へもお礼を。映画を観てくれたみなさんもありがとうございます。本当にみなさんのおかげです。サンキューベリーマッチ」

……ここまで考えるとだいたい正気に戻る。私ってこんなに注目されたがりだっけ?アホらし。

このように尊大な妄想をする自分を俯瞰することで、現実での承認欲求が肥大化するのを防ぐ副次効果もある。「恥ずかしい妄想をしている自分」を自覚せず、妄想に溺れるのは素人のやり方です。自らにゾッとする感覚まで含めて楽しんでくださいね。

++++
画像:写真ACから胡麻油さんによる写真

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

こばやしななこのアバター こばやしななこ サブカル好きライター

サブカル好きのミーハーなライター。恥の多い人生を送っている。個人リンク: note/Twitter