(by 安藤エヌ)
先日、スティーブン・キング原作の映画『スタンド・バイ・ミー』を観た。
映画好きならば必ず観ないといけない作品と思いながら、なかなか機会がなく、観れずにいた。名作を見届けたあとにある、偉大な感動へのほんのわずかな畏(おそ)れがあったのかもしれない。しかし先日、ちょうど金曜ロードショーで放送されていたのを機に、地上波に合わせNetflixでCMを挟まず観ることができた。結果的にやはり、名作が名作であるがゆえの深い感動を味わうこととなり、以来私の胸の中にはあの4人の少年たちが夏の残像となって生き続けることになるのだけれど──、今回は、そんな本作で特に感動した点について語っていきたいと思う。
『スタンド・バイ・ミー』は、レイ・ブラワーという少年が森の奥で遺体となって取り残されていることを知った遊び仲間の少年たちが、彼を見つけ出せば賞金が手に入るともくろみ、線路を渡って死体探しの冒険に繰り出す物語だ。
4人の少年たちはみな性格も育ちもバラバラで、それが心躍る冒険譚である物語をより味わい深くさせているのは言うまでもない。キャラクターの魅力は後述するとして、何よりもまず、冒険が始まるきっかけとなる「死体」というキーワードのインパクトの大きさだ。
年端のゆかない少年たちにとって、死体というものの存在は刺激が強く、どんなものなのか想像するだけで好奇心をくすぐられる。ミステリアスでグロテスクな「死体」というキーワードに惹かれた少年たちが、「どんな人生を送っていたかもわからぬ少年」を探しに向かう──『スタンド・バイ・ミー』は、物語の始まりからすでに上質な冒険譚の匂いを立ち上らせている作品なのだ。
死体探しの旅、という言葉が持つ味わい深さもさることながら、旅を共にする少年たち1人1人が抱える葛藤や苦しみなどをストーリーに盛り込んでいるのも、本作を名作と言わしめている理由だろう。
主人公であり語り部でもある少年・ゴーディは4人の中で最も冷静な性格をしており、聡い少年として描かれている。慕っていた兄を亡くし、父親に気に入られていた彼とは違う自分を疎み、愛されるべきではないと思っている。仲間のひとりであるクリスは兄が不良で、家庭環境も悪く、そういった周囲の環境によって勝手に大人たちから自分自身のアイデンティティを決めつけられている少年だ。劇中では何度か2人が互いの心境を語るシーンがあるのだが、それぞれ複雑なものを抱えながら、旅の合間に胸の内をさらけ出し、絡み合った糸に触れ、限りある時間の中でゆっくりと解いていくさまに、上質なドラマとしての側面を見た。
「死体」によって集められた「生きる」者たちが、自分と向き合い、肩を貸し、抱擁し、本当の友となる。生と死の鮮やかなコントラストの上で描かれる、眩い友情。本作は、長いようで短い人生のうちの大きなターニングポイントを描いた作品なのだ。
死体の存在は、ゴーディの精神面にも大きく作用している。兄を亡くしたゴーディは、旅の道中、野宿にて悪夢を見る。兄を埋葬している場面で、父親に「お前ならよかったのに」と言われるのだ。むろん、これはゴーディが心の中でひそかに思い続けていたことの具現化であり、ゴーディは兄を亡くしてからずっと、愛されないことへの恐れと孤独を抱えて生きてきた。「誰にも見つけてもらえていない死体を、自分が見つけてあげなければならない」という一種の使命のようなものが、彼にはあった。ゴーディはどこか、死体に自分自身を重ねていた。何者にもなれず、兄がなぞってくれた自分の形を見失い、親にも愛されることのない自分を、森のどこかで息をひそめている死体と重ねていたのではないかと思う。
そしてついに仲間と死体を見つけたとき、彼は死体の傍らに腰を下ろしてじっと見つめ、「なぜ死んだんだ」「なぜ兄ちゃんは死んだ」「ぼくが死ねば」と静かにつぶやく。やっと“彼”を見つけてあげられた、という安心とともにあふれ出すゴーディの悲しみに、クリスは何も言わずただ寄り添い、震える肩を抱きしめる。その抱擁は、彼らが真に理解し合える、悲しみを解してやれる友になったことを示していると同時に、ひとりの人間が死んだことによってもたらされたひと夏の経験を意味していた。
海よりも山よりも深い友情を育んだ彼らが迎えた旅の結末には、涙を禁じえなかった。さまざまな苦難を乗り越えた彼らが最後に見せた背中には、言葉にならない感情をおぼえた。なかでもクリスの背中は──、勇敢で思慮深く、ゴーディにとって二度と出会えないほどの大切な友人となった彼は、私の胸の中にも忘れがたいものとして刻み込まれた。
『スタンド・バイ・ミー』――どんな時も、そばにいる。映画を観る前から何度も耳にしていた歌が、狂おしいほど愛おしく、胸に沁みる。エンドロールを見つめながら、少年たちの姿を思い出す。
“あの12歳の時のような友だちは もうできない”
ゴーディが彼らを忘れなかったように、私も彼らのことを、彼らが過ごしたひと夏の出来事を、生涯忘れはしないだろう。
++++
(C)1986 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.
『スタンド・バイ・ミー』映画.comページ