【映画レビュー】『ビリー・アイリッシュ:世界は少しぼやけている』単なる成功譚ではなく、10代の痛みと喜びに満ちたドキュメンタリー映画

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(by こばやしななこ

時代のアイコンになったビリー・アイリッシュ

洋楽をあまり聞かない人でも、ビリー・アイリッシュの名は知っているのではないだろうか。2019年に発売されたデビュー・アルバムは18カ国で1位になり、翌年のグラミー賞を取りまくった。2001年生まれの少女は、世界に注目され時代のアイコンとなった。

ビリーの歌声が初めて世に出たのは、インターネットを通してだった。ビリーの4つ歳上の兄フィニアスが自作した曲“Ocean Eyes”をビリーに歌わせ、それをサウンドクラウド(ネット上の音声共有サービス)にアップしたことが始まりだった。ビリーはこのとき13歳。Ocean Eyesは、すぐに評判になった。ここからビリーとフィニアスのキャリアがスタートしている。

『ビリー・アイリッシュ:世界は少しぼやけている』はビリーと彼女の家族に密着したドキュメンタリーだ。デビュー前の映像からファーストアルバムの制作、ヨーロッパツアー、グラミー賞の受賞というまさにビリーとフィニアスがスターへの階段を駆け上がってゆく過程の舞台裏が記録されている。歌声に感動するシーンも多いので、ぜひ音響設備の整った場所で観てほしい。

小さな部屋から世界へ

13歳で金髪をおさげにしたビリーとフィニアスが、自宅でOcean Eyesを歌う映像からドキュメンタリーは始まる。まだ世界中に才能を知られる前の2人の映像だ。映画のスタッフが撮ったものではないだろう。この映像に続き、曲がラジオで流れた瞬間、10代女子を中心としたファンが押しかけるライブ会場、とビリーが世に出る流れが序盤で簡潔に見せられる。

観ていてもっとも驚きがあったのは、曲作りをするビリーとフィニアスの様子だ。2人がいつも曲を作りレコーディングするのは、フィニアスのベッドルームだった。この部屋が普通に狭い。ベッドとパソコン、ピアノが置いてあってそれだけでもう足の踏み場がない。ビリーはベッドの上で歌っていた。彼女がベース音にかき消されんばかりの囁くような声で歌うのは、この狭い部屋で宅録するスタイル故なのか……と納得する。

かつて、自らが作った曲を世に出せるのは選ばれた人だけだった。音源を事務所に送り、オーディションを受け、誰か権限のある人に見出されることが必要だった。今はインターネットを利用して誰でも世界に発信することができる。もちろん、発信したところで注目されないことはザラだ。でも確実に成功のプロセスは変わった。庶民的な自室と世界的な成功は地続きだ。頭ではとっくに理解していたが、それを映像で目の当たりにすると不思議な感じだった。

ビリーとフィニアスは、デビュー後も外部のプロデューサーを入れずに2人だけで曲作りを行っていた。ツアー中にはホテルの部屋で曲を完成させていてびっくりするばかりだった。アルバムを作っているのに、1度たりともスタジオに入らないなんて。

10代の押しつぶされそうな心

ビリー・アイリッシュはメンタルヘルスの問題を赤裸々に歌にしている。ドキュメンタリーの中でもビリーは「ハッピーを知らない私にハッピーな曲が作れるわけがない」とか「自殺を歌うことで実際にしなくて済む」と言っている。ビリーが14〜15歳のときにトイレでリストカットをしていた話や、そのころの自殺や自傷行為を繰り返しモチーフにした言葉やイラストが記されたノートも公開された

これを観ると10代の少女だった私たちの精神状態が、どれほど危うかったかを思い出す。ビリーは特殊ではない。彼女に起きたメンタルヘルスの問題はあまりにもありきたりで、だからこそ彼女はよく「Z世代の代弁者」と称されるんだろう。

中学には手首に切り傷のある子が何人かいたし、肩など見えない場所を選んで傷つけている子もいた。体重を気にして過食や拒食になる子、よく過呼吸になる子、授業の合間にいつもトイレで泣いている子……私だって中学と高校と2回、心療内科を受診した。思春期になるとホルモンが急激に分泌されて自分で自分の心をコントロールするのが難しくなり、急に膨張し出した体に戸惑い、芸能人に本気で恋をして苦しみ、世の中に溢れるルッキズムに影響されて自己肯定感が皆無になる。幼稚でつまらない悩みもいちいち深刻にとらえて、簡単に絶望的な状態になった。10代には美しい瞬間ももちろんあったけど、もう2度とあんな精神状態にはなりたくない。

ドキュメンタリーで見る限り、成功の証であるコーチェラや野外の大きな会場で行われるイベントでのビリーのパフォーマンスは良くなかった。それよりも単独公演で、10代の熱狂的なファンと共に歌う彼女の姿が印象的だった。ファンたちがビリーを目の前にして、涙を流しながら大合唱する様子は強く心に残っている。ひとりひとりが抱えている思春期の痛みや不安が、混ざり合いひとつになって昇華されていくような神聖な場面だった。

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(C)2021 Apple Original Films
『ビリー・アイリッシュ:世界は少しぼやけている』Apple TV+ページ

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この記事を書いた人

こばやしななこのアバター こばやしななこ サブカル好きライター

サブカル好きのミーハーなライター。恥の多い人生を送っている。個人リンク: note/Twitter