(by こばやしななこ

なんて美しいんだろう。

観ている間、何度もそう思った。

マジックアワーのブルーとオレンジとピンクが淡く溶けこんだ空を背景に平原をファーンが歩いていくシーンなんか、言葉での描写ができないほどきれいだった。画面を左方向に歩いていくファーンが右手に持ったランプが、白いスカート越しに透けてじんわり光って見えたのにも本当にうっとりした。

60代の白人女性ファーンが、長年住んだ家を出るところから『ノマドランド』の物語は始まる。ファーンは夫を亡くした後も夫が働いた石膏採掘の街・ネバダ州のエンパイアに住み続けていたが、石膏の需要が減り工場が閉鎖された。工場の閉鎖はエンパイアの街の消滅を意味していた。ファーンは好んで家を出たのではなく、夫と暮らした家に住み続けることができなくなって、弾き出されたかのように旅に出た。

ファーンは短期バイトの場で出会った同じく車上生活をする高齢女性のリンダ・メイに、車上生活をするノマドたちの集会を教えてもらう。ノマド初心者だったファーンは、集会に参加することで生きるために必要な知恵やノマド生活をする人々のことを知る。リンダ・メイを含め、作品には実際にノマド生活をしている当事者が起用されている。

ファーンを演じたフランシス・マクドーマンド氏は、女優であってノマド当事者ではない。その彼女がノマドのコミュニティの中に入っていき、実際のノマド生活者と出会い、自分との共通項を見出しながらノマドという人生を生きる当事者になっていくという構造自体が、フィクションと現実が溶け合った美しいマジックアワーの風景のようだった。マクドーマンド氏が私たちの案内人となって、そこにある圧倒的な自然と生きる人のありさまを感覚的に理解できるよう見せてくれた。

そして映画を観ながら私は、キヨちゃんのことを思い出していた。

キヨちゃんは私の祖父の妹、母の叔母だ。私も母も、アクの強い親戚の中で優しくて控えめだけど凛としているキヨちゃんが大好きだった。1番好きだった。

キヨちゃんは早くに夫を亡くし、ずっと1人で暮らしていた。私と母は年末年始をキヨちゃんの家で過ごしたことがある。私は10歳になるかならないかだった。キヨちゃんの家は出雲にある。覚えている風景はコタツにみかん、紅白歌合戦。キヨちゃんは編み物をしていた。カギ編みで作った毛糸の花飾りが可愛いと私がはしゃいだら、たくさん編んでくれた。年が明けて元旦には、3人で出雲大社に行った。

キヨちゃんとはそれ以来、会っていない。あの後、歳をとったキヨちゃんが独り身なのを心配したお姉さんに呼び寄せられ、しばらくお姉さん家族と一緒に暮らしたようだ。キヨちゃんのお姉さんももちろん親戚だけど、私は会ったことがない。話に聞くには裕福でキヨちゃんのように柔らかくはない人らしい。キヨちゃんはある日、お姉さんの家から消えた。失踪届けを出してもなかなか見つからず、居場所がわかったのはもうキヨちゃんが亡くなった後だった。

家を出てからのキヨちゃんは、どこかに定住したのだろうか。働きながらその日暮らしをしただろうか。実際のところはまったくわからない。私は『ノマドランド』に出てくる高齢のノマドたちの中に、キヨちゃんがいるような気がしてたまらない。

「失踪して、亡くなって見つかった」というのはあまりにも寂しい言葉の響きだけど、それは探した家族側からの視点でしかない。キヨちゃんは自分の人生を自分で決めて姉の家を出た。新しく人生をスタートさせた。とても自由で、かっこいいと思う。キヨちゃんは親切でほどよい距離感で人と接する人だったから、ファーンのように行った先々でいい出会いがあっただろう。私は決してキヨちゃんは孤独ではなかったと信じている。

『ノマドランド』の画面いっぱいに映し出されるアメリカの白い岩山やどこまでも続く平原を眺めながら、キヨちゃんがいた出雲の緑が生い茂る山と日本海を想うのだった。

キヨちゃんに会いたい。

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(C)2021 20th Century Studios. All rights reserved.
『ノマドランド』映画.comページ

 

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