(by 隷蔵庫

私は多摩ニュータウンという場所に小学校卒業まで住んでいた。その時に出会った、印象に残っている女の子がいる。一つ下のいつこちゃん(仮名)という特別支援学級の生徒である。

いつこちゃんは彼女が小学4年生のとき、北海道から母親と一緒に多摩に引っ越してきた。彼女は私と一緒の団地に住んでいた。クラスと学年が違うのであまり関わることはなく、団地の近所で会ったときたまに挨拶をする程度だった。いつこちゃんの障害名は覚えていない。髪の毛が抜けていたので常時母親の手作りの帽子をかぶっていた。今思い返すと、どことなく寂しそうだった気もする。

当時の私の学校はなかよし学級(特別支援学級)と通常のクラスの交流が盛んだった。ただ、それは学校が銘打っているだけで生徒同士は相容れなかった。そんなものだろう。小学生にリテラシーは期待できない。給食の時、私たちとなかよし学級の生徒たちはごちゃ混ぜになってグループを作り、一緒に食べることがあった。その際「なかよし学級の生徒が食べている最中に同じものを食べない」という風潮ができる場面を目にすることもあったが、見て見ぬふりをすることしかできなかった。

なかよし学級の生徒に話しかけられるとあからさまに無視する者もいたが、流石にそれは自分はできなかった。空気は読むくせに悪者にはなりたくないというクズである。正しい教育を受け、差別の目など一切持たない美しい子供達の間ならくだらない風潮もなかっただろう。私の小学校はそうではなかった。大人たちが差別をするなと言えば言うほど子供たちは反発した。むしろひどくなる。

その仕組みがわかったのは、団地の朝の清掃当番で、私が親や周りの大人から「いつこちゃんと遊んであげなさい」と命じられた時だ。命じられたというのはずいぶんひどい表現だが、当時の私はそう思っていた。

当時、団地では世帯ごとに清掃当番が割り当てられていた。そういう時、大抵子供たちは清掃などほっぽらかしてどこかに遊びに行く。私も当然ながら友達とつるんで掃除現場から逃げようとしていた。そこで大人から「いつこちゃんと遊んであげなさい」と言われたのだ。

いつこちゃんはおとなしかった。大体母親と一緒にいて、挨拶くらいしか接点がなかった。仮に今の私が当時に戻ったならいつこちゃんと遊ぶだろう。しかし小学生の私はいつこちゃんではなく仲の良い友達と遊ぶことを選んだ。結果、清掃後に大人からこっぴどく叱られることになった。「差別をするな」と。

傍から見れば差別以外のなにものでもないだろう。

しかし今考えれば、なかよし学級の子達が被る不利益には大人たちの言う「差別」以外の問題が絡んでいたのではないだろうか。

それはつまり、いじめ問題だ。概してコミュニケーションスキルのあるなしで人間関係は決まる。いわゆるコミュ力を身につけるにはある程度の努力や経験が必要だが、誰もが等しいレベルで社交的になれると考えるのは楽観的にすぎる。コミュ力は対話や雰囲気や容姿などさまざまな要因の影響を免れられない。生まれつき高い人と低い人がいて、後天的な努力で埋めがたい差が出てくる。学校などの閉鎖空間ではそれが露骨になりがちだ。意思疎通に不均衡や勾配が生まれ、いじめや無視などが発生することがある。そんな状況下で、弱い立場に置かれた人間(=社交性に欠けるとみなされた人間)を助けると、今度は自分が標的になる場合さえある。

先述のようになかよし学級の子達が被っていた不利益もこれと似ているところがあるかもしれない。差別や偏見とは別に、そもそもいじめや無視に対する問題が関わってくるのではないだろうか。

教師たちは「いじめをなくそう」しか言わないが、いじめ問題は世界が滅亡するか全人類の脳が中央政府によって管理可能になるまでなくならないだろう。特別学級に限らず、普通学級の中でも同じ問題が発生する。スクールカウンセラーは現状十分に機能しているとは言いがたい。ドロップアウトする子供達のために受け皿を用意する必要がある。

その受け皿の役割を担うのが教育支援センター(適応指導教室)と呼ばれる施設である。これは学校に通っていない子供達を受け入れる第二の学校のような場所だ。民間のフリースクールとは違い、教育委員会や自治体が設置しているためほぼ無料で通うことができる。普通の学校のように強制的に何かをさせるということはない(と信じたい……)。

こちらも現状はあまりよくないと思う。全国の自治体の約6割が教育支援センターを設置している。つまり残り4割の自治体に所属する子供たちは、不登校になったらフリースクールかフリースペース(NPO法人が運営していることが多いらしい)の二択を迫られる。ちなみにフリースクールは全国におよそ470団体(※1)しかないので、全国の総学校数4,874校と比べると圧倒的に少ない。さらにフリースクールは学費がかかる。経済力のない家の子供には厳しい。すると、この時点で経済力がなく教育支援センターのない自治体の不登校児は詰む可能性が高い。

え、詰むって何が?不登校が不幸せとは限らないだろ?ゆたぼんを見てみろよ!……ネットで大人たちがゆたぼんに向ける批判の声は、まさに不登校児みんなが悩んでいることかもしれない。

周りの大人は何も教えてくれない。不登校でも将来は進学・就職を目指している子はいるだろうけど、不登校の脱出方法は自力で探さなければならない。全く将来を心配しない不登校児も中にはいるだろうが学校に行けなくて悩んでいる児童生徒の方が多いだろう。大人でもニートになれば金やら将来の心配やら不安は尽きないのに、ほぼその状態に子供たちが陥っているとなると、辛いだろうなと思うし、実際辛いものである。

現状学校からドロップアウトするのはかなりリスキーである。だからいじめられるのはできる限り避けたいことだ。だから空気を読んで学校に居場所を作ろうと努力するし、時には誰かを無視したりいじめたりすることが発生してしまう。

小学校の子供たちはいじめられることは避けたいと思っているだろうし、かといって当然いじめに加担するのは気が引ける。そう言う状況下だと、いじめもしないが仲間にも入れてあげない、ということが発生しやすい。だから溝は埋まらない。コミュニケーションが円滑にとれない限り……。

いつこちゃんは5年生が終わる頃に引っ越した。引っ越す前に一度、同じ団地の友達と一緒にいつこちゃんの家に行ったことがある。彼女の部屋は団地に住んでいる世帯とは思えないほどに真新しい家具が揃っていた。いつこちゃんのお母さんは私たちが家に来たのをとても喜び、冷たいピーチティーを出してくれた。この味はなぜか覚えている。冷たいピーチティーという洒落たものに触れたことがなかった。

いつこちゃんのお母さんは私たちに言った。

「いつもいつこと遊んでくれてありがとう……」

正直、遊んだ記憶はなかった。しかし母親は私たちがいつこちゃんと遊んでいるように思っていたらしい。それは帰り際に偶然集団登校で一緒になったとか、そんなレベルだったように思う。もしかしたら今までいつこちゃんには話しかける人すらいなかったのかもしれない。最低限のコミュニケーションすらとれなかったのかもしれない。だから、あんなにおとなしかったのかも……。もし私がもっといつこちゃんに話しかけていたら彼女は孤独を感じることはなかったかもしれない。

帰り際、私と友達はすぐに別れた。私はクソガキだったが、その時は罪悪感を感じていた。別に彼女をいじめていたわけでも無視していたわけでもなかった。ただ仲間に入れていなかったという理由で……自分もクラスの輪に入れているかは怪しいところだったが……罪悪感を感じていたのだ。

そして今ならこうも思う。かわいそうだからという理由で誰かと仲良くするのは、正しいのかと……。

校正:ばじるちゃん

※1 フリースクールネットワーク(2015)小・中学校に通っていない義務教育段階の子供が通う民間の団体・施設に関する調査の結果(概要)、リンク先pdf注意

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画像:bBearさんによる写真ACからの写真

 

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