(by こばやしななこ

ラーメンズの小林賢太郎氏が、パフォーマーとしての活動を引退した。

ラーメンズといえば、多摩美術大学で出会った小林賢太郎氏と片桐仁氏が組んだコントユニットである。もしこれを読んでいるあなたが彼らについて知らないなら、YouTubeで公式アカウントがコント動画をたくさんアップしているので必ず見るべきだ。

ラーメンズの2人は決して凡庸ではないが、ラーメンズが好きなのはあまりにも凡庸だというくらいラーメンズ好きは多い。学生時代は演劇学を勉強し、社会に出てからもものづくりを志してきた私のまわりでは、そんな感じだった。だから私がラーメンズを好きだとわざわざ声高に語ることもないと思ってきたが、小林氏が引退すると聞き、うっかり初めて彼らのコントを観たときの衝撃を思い出してしまった。

初めてラーメンズのコントを観た私は、小学3年生だった。

ゴールデンウィークかなにかの連休だったと思う。その日は、私の家から少し遠くに住むいとこの家に泊まっていた。いとこは3人兄妹だ。だいたい私と遊んでくれるのは4つ歳上のゆいちゃんだけで、泊まりに行ったときも私は始終ゆいちゃんにくっついていた。ゆいちゃんはお笑いが好きだった。

深夜、ゆいちゃんは「オンバトが始まる!」と私を連れてテレビの前に鎮座した。オンバトとは、当時NHKで放送されていた『爆笑!オンエアバトル』という番組のことである。この番組には、会場でネタを披露した15組のお笑い芸人のうち、観客の投票を勝ち取った8組のネタしか放送されないというシビアなシステムがあった。ゆいちゃんと一緒に見た、私にとって初めてのオンバトに出ていたのがラーメンズだった。

彼らは「読書対決」というネタを披露していた。本を読む2人の男が、書物の内容を誇張やら歪曲して対決するという変なネタだ。読書対決には扱う書物のバリエーションが色々あって、私が見たのは芥川龍之介の『蜘蛛の糸』VS夏目漱石の『坊っちゃん』の対決。片桐氏が『蜘蛛の糸』、小林氏が『坊っちゃん』で戦った。

そもそも、私はこのネタの題材である『蜘蛛の糸』にトラウマがあった。

ある日、学校の図書室で大きな本を読んでいるひかるちゃんの隣に座った私は、彼女の読む本を覗きこんだ。ひかるちゃんは知的な子だったので、そんな子がどんな本を読んでいるのか気になったのだろう。いや、もしかしたら真面目に本なんか読んじゃってる同級生にちょっかいかけたかっただけかも。私が覗きこんだ本には、暗くおどろおどろしい絵が描かれていた。赤黒い沼から苦しそうに顔を出す無数の人たち。裸で、肌が青白く、人間とも幽霊ともつかない気味の悪い姿をしている人たちの絵だ。私は気分を悪くした。本気で体調まで悪くなり、最悪だった。「この本、なに」とひかるちゃんに聞くと『蜘蛛の糸』だと教えてくれた。絵は『蜘蛛の糸』の地獄の場面である。涼しい顔をしてこんなグロテスクな本を読んでいるひかるちゃんに、かなり引いた。

その『蜘蛛の糸』という言葉が、お笑い番組で芸人の口から発せられた。私は少しだけ身をこわばらせて、読書対決の行く末を見守る。

『蜘蛛の糸』の主人公は、死んで地獄に落ちるカンダタだ。読書対決ではこのカンダタがどれほどめちゃくちゃで悪い奴かを「集金に来た人にうちにはテレビがないと嘘をついた」とか「特に気分が悪いわけでもないのに指を喉の奥につっこんでタクシーで吐いた」と表現していた。思わず笑った。カンダタが生きているうちに蜘蛛を助けたエピソードも、蜘蛛の背中を流してあげたり、足つぼを押してあげたという原作よりだいぶ至れり尽くせりの設定に盛ってあった。

私の頭の中に、ひかるちゃんが読んでいた本のようにカンダタがタクシーで無理やり吐いたり、蜘蛛の背中を丁寧に洗ってあげている様子が絵となって浮かんできた。あれだけ気味が悪かった『蜘蛛の糸』が、なんとも愉快な話に思えてくる。ケラケラと笑っている自分に、自分でびっくりした。ラーメンズによって、私は『蜘蛛の糸』のトラウマを乗り越えたのであった。

大人になった今、芥川龍之介の作品の数々をおもしろがれているのも、読書対決との出会いがあったからだ。小林氏が読書対決のネタを作らなかったら(ラーメンズのネタは小林氏が作っている)、私はいまだに『蜘蛛の糸』を読めば幼い頃に図書館で気分を悪くした記憶がフラッシュバックしていたかもしれない。ありがとう、小林賢太郎さん。そしてさようなら、ラーメンズ。

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画像:写真ACからmakoto.hさんによる写真

 

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