(by すなくじら

「ビッグ・フィッシュ、そいつは決して釣れないアバラマの怪魚。父さんはお前が生まれた日、とうとうそいつを捕まえた--」 

サンタクロースを信じなくなったのは、いつからだろう。遊園地を歩く、風船を持った動物たちの“中身”を知ったのは?スマートフォンを片手に、カチコチの満員電車に揺られている日々の中では、考えることもなくなった。 お気に入りだったぬいぐるみ。絵本のキャラクター。今のわたしを作り上げてくれた“彼ら”は、いつ、わたしの隣を去っていったのか。 

「え?本当にここを受けるの?」 

その時の予備校の先生の失笑混じりの固まった表情を、わたしは今でも覚えている。 

高校三年生の春だった。中学時代、勉強を頑張って入った進学校で、わたしは完全に落ちこぼれた。毎日友達と遊んで、はしゃいだ、最高のJKライフのツケは、きっちりと回ってきた。 

進路相談の紙に、とある有名私立大学の名前を書いて、ドヤ顔で面談に挑んだ。ところが、手元に渡された模試の成績では、ワンランク下の学校でも、偏差値が三十も足りなかったのだ(大袈裟ではなく、英語なんて学年でビリから三番目だった)。まあ受けるのは自由だからね、一応ここも見ておいて、と志望校リストと全然違う学校のパンフレットを渡されて、進路相談室のドアを閉められた。わかってはいたけれど、心底、悔しかった。呑み込んだ涙で、鼻の奥がツンとした。 

びっくりするかも知れないが、わたしはなぜか自分で、学年最下層の学力の持ち主でありながら、その学校に行けると本気で思っていたのだ。当時流行っていた、ビ○ギャルの影響も大きかったことは否めないけれど、とにかくわたしは、その学校しか眼中になかったし、自分は必ず受かると、根拠のない自信で満ち溢れていた。 

根性論は大の苦手だけれど、この時ばかりは、もうただその大学への執念だけで生きていた。趣味は全部一年間バッサリやめて、夏休みは一日15時間勉強した。毎日、血を吐くような努力をしたけれど、アリとキリギリスのキリギリスは、現実と直面することになる。秋になる頃には、先生の薦めてきたパンフレットにも、手を伸ばし始めていた。 

そんな時に、息抜きに叔母が進めてくれた映画が「BIG FISH 」だった。わたしが第一志望に拘ったのは、その学校が、大好きな叔母の母校だったから。 

「BIG FISH」はティム・バートン監督による、2003年作のファンタジー映画だ。「チャーリーとチョコレート工場」や「シザーハンズ」にも見られるような、コミカル且つ風刺の効いた、個性豊かな異形の仲間がたくさん登場する作風はそのままに、この作品は父子の絆を描いている。 

主人公ウィルの父、エドワードは話上手な人気者。しかし、ウィルは父の毎度のホラ話にうんざりしていた。魔女や巨人は全ておとぎ話の世界の人物なのだから。父と距離をとっていたウィルだが、エドワードの死期が近づいたことを知り、実家に帰ることを決める。 

この物語は、ティム・バートン監督から全人類に捧げられた、愛の花束だ。何を信じても、いい。貴方が信じたものこそが、真実となる。だから誰かが、小さな声をあげた時は、あなたも彼・または彼女を、真っ直ぐに信じてあげて欲しい。魚となったエドワードが、悠々と水の中に消えていく姿は、わたしにそう訴えているように感じた。

「貴方なら、受かるわよ」 

叔母は、わたしにただ一言、しかしわたしが一番言って欲しかった言葉をくれた。彼女はこの映画を劇場で見た日に、今の旦那さんから結婚を申し込まれたことを、少し恥ずかしげに、こっそりと教えてくれた。その顔は、エドワードの妻、サンドラが黄色いスイレンの楽園で見せた(なんと、エドワードは5つの州の全ての花屋からスイレンを集めた)、とびきり幸せそうな笑顔と同じだった。 

物語や空想は、永遠の存在だ。希望や、夢も。大人になると、自分の半径5メートル以内の物事を、とにかく、正確に把握することだけに必死になってしまう。自分を傷つけうる可能性を持つものが落ちていないか。明日の会議の資料に不備はないか。正解は何か、確認してから歩き出す。そこに空想は必要なく、妖精たちは消えて、動物たちは言葉を話せなくなった。 

本当にそう?見るのをやめたのは、耳を塞いだのは、ほんとうはわたしの方なんじゃないの?自分の信念に自信が持てなくて、誰かにずっと、背中を押して欲しかった。 

エドワードのお話に出てくる登場人物と同じように、私たちの世界にだって色々な人がいる。違う国の言葉を話す人。家庭環境に恵まれなかった人。お金を持ちすぎて、不幸せになった人。隣のたった一人を守り抜きたい人。多種多様なおとぎ話の結末を決めることができるのは、他でもない自分なのだ。映画のタイトルにはおそらく二つの意味が込められている。一つは「fish story」のホラ話という意味での「fish」。もう一つは「big fish」の組み合わせで、「有力者」「大物」を意味する。例え誰もが馬鹿にするホラ話でも、わたしが信じれば、それは確かな、永遠に続く道になる。 

結局、わたしは第一志望の大学には入れなかったものの、第二志望の大学に行って文芸を学ぶことになった。それが、今のライターとしてのわたしのはじまりとなることを、当時の自分は、まだ知らない。

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(C)2003 COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES,INC.ALL RIGHTS RESERVED.
『ビッグ・フィッシュ』映画.comページ

 

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