【お仕事エッセイ】字幕とコロナとファンレター

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(by 岩辺いずみ/字幕翻訳者)

コロナ禍で飲み歩けない日々が続く。つらい。

字幕翻訳の仕事はパソコンがあればどこでもできるし、吹き替え翻訳のように収録に立ち会うこともない。メールで受注し、担当者とネットで素材をやり取りし、メールで納品。作品によって打ち合わせやシミュレーション(スタジオなどで字幕を映像に載せて、見え方をチェックする作業)などがあるけれど、基本的には、ほぼ家で作業は済んでしまう。

そんな引きこもりイメージが定着しているからだろう。いろんな業界で仕事の形態が様変わりする中で、「字幕の仕事はあまり影響ないでしょ?」と言われることが多い。確かに家での作業は変わらないけれど、仕事が激減して、内容も今までとは違うものが増えた。影響を受けまくっている。

まず、欧米を中心に撮影がストップ。ハリウッドでも新しいドラマや映画を作るのが難しくなった。私が字幕を担当しているドラマ『ビリオンズ』は、シーズン5の途中で止まったまま。ニューヨークが舞台なので、まだロケは厳しそうだ。もう一本のドラマ『POSE』はシーズン3の制作が発表されたけれど、続報は聞いていない。フリーランスの映像翻訳者にとって、ドラマは安定収入だ。シーズンごとに作られるシリーズなら、毎年どの時期に何本来るから…と皮算用もできる。それだけに消えた時のショックは大きい。特に『ビリオンズ』は監修者や吹替版チームとの連携もよく、シーズン終わりの収録見学と打ち上げが楽しみだっただけに寂しい。

担当した映画は公開時期で明暗を分けた。『娘は戦場で生まれた』は最初の緊急事態宣言の前に公開され、そこまで影響を受けなかった。『mid90s ミッドナインティーズ』、『異端の鳥』も宣言が明けてコロナの感染者が減った時期の公開で、客足は好調だったようだ。

一方、マケドニア映画『ペトルーニャに祝福を』は昨年4月に公開予定だったが、一年以上延びて今年初夏の予定に変更。松竹ブロードウェイシネマシリーズの『シラノ・ド・ベルジュラック』は、公開が最初の緊急事態宣言とドンかぶりで、観客を呼ぶのが難しかった。年末年始にはアンコール上映があったのだけれど、またもや緊急事態宣言とかぶる。貸し切りかな…と思いつつ、おそるおそる劇場へ行くと、ポツポツと観客がいるじゃないか!同じ空間で作品を共有する喜びを、ひしひしと感じながら見た。同シリーズの『キンキーブーツ』が公開される春には、友人と鑑賞後に飲みながら語り合えるだろうか。

そんなわけで、昨年の私の仕事量は例年の半分くらい。春の時点で、いったん仕事がゼロになるのは何となく想像がつき、これはジタバタしても仕方ない、と覚悟を決めた。かと言って「ステイホームを楽しもう」という気分にもなれず、SNSとは距離を置いた。楽しげな「おうち時間」やリモートワークの投稿を見ると、モヤッとするくらいには心がすさんでいたからだ。

ありがたいことに、そんな状況下でも仕事の声をかけてくれる友人たちがいた。その1つが、通訳者、翻訳者向けのオンラインイベントで、字幕に関するセッションをやるというもの。声をかけてくれた友人に助けてもらい(マイク、ありがとう!)、初めてパワポで資料を作成した。結果は「自分、まだまだだな……」と反省する内容だったのだけれど、同じ通翻業界の方々から感想をいただけたのは励みになった。何よりも他のセッションがすばらしく、どの分野でもトップで活躍する方は、自分を俯瞰して何をすべきか判断できると痛感した。

ホント、自分まだまだだな。

もう1つは、聴覚障害者向けの字幕を作成したこと。こちらも紹介してくれた友人のアドバイスのおかげで、スムーズに進めることができた(歩美ちゃん、神!)。通常の字幕とは勝手が違い戸惑うこともあったけれど、どうしたら読みやすい字幕になるかメールでやりとりして仕上げる過程は、やりがいがある。納品後に「お願いしてよかった」と返信をもらった時は、「やった!」と思わず叫んでいた。ものすごく基本的なことだけれど、仕事をして感謝されるのは何よりもうれしい。

秋ぐらいから徐々にドキュメンタリーやドラマの仕事が入り、年が明けてようやく以前のペースが戻ってきた。振り返って思うのは、コロナ禍どうこうの前に、自分の中で仕事へのモチベーションが停滞していたということ。字幕翻訳を始めて20年、仕事の流れができて、自分の立ち位置に満足はしていなくても「悪くない」と思っていて…。なんとなく新しいことを始めたい気持ちはありながら、流していたような気がする。こんな状況でも仕事が途絶えない人はいるし、仕事の幅を広げる人もいる。私の仕事が止まったのは、その前に自分が止まっていたからだ。

実は去年、生まれて初めてファンレターというものをいただいた。しかも2通も。1つはアイルランドからのメールで、『POSE』のスラングの訳がよかった、というもの。日本語の翻訳をするアイルランド人で、Netflixで日本語の字幕を見たらしい。

もう1つは配給会社に届いた封書。「カミソリが入っていたらどうしよう」とドキドキしながら開けたが、中には短い文章でフランス映画を観たことが書いてあり、「成功をお祈りしています」と締められていた。見てくれる人がいるのはうれしいし、わざわざ気持ちを伝えてくれたのが何よりもありがたい。続けてきてよかったな、と泣きそうになった。

2020年が転機の年になるのか分からない。この先どうしたいか目標が定まったわけでもない。ただ、「すごい」と言われるよりも、「ありがとう」と言われる仕事をしたい。そう思うくらいには、この一年で心境が変わった。年を取っただけなのかもしれないけれど。今はただ、いろんな方と乾杯して「ありがとう!」と叫びたい気分だ。

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画像:Tokosukeさんによる写真ACからの写真

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この記事を書いた人

字幕翻訳者。担当作『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』『異端の鳥』『娘は戦場で生まれた』『ビリオンズ』など多数。vShareR CLUBにて字幕翻訳の添削講座を期間限定で開催中。