【エッセイ】私の世界には音がない。

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(by 蛙田アメコ

「iPhoneで音楽流せるから、どうぞ」

友人の車の助手席に乗っているときに、そう言われてコードを手渡された。虚を突かれて黙り込んでしまった。私のiPhoneには音楽が入っていない。Kindleには何百冊もコミックや書籍が入っているけれど、Musicには1曲も音楽が入ってなかったのだ。

機種変してから1ヶ月半、音楽が聴けないことにこれっぽっちも困っていなかった。『君を知ったその日から 僕の地獄に音楽は絶えない』なんてアニソンの歌詞があったけれど、私の世界にははじめから音楽なんてひとつもないのである。そのアニソン「創聖のアクエリオン」だってパチスロのCMで知ったくらいだし。なんだよ、私は流行歌のひとつも楽しめないのか。こういうとき、自分があまりにもつまらない人間で、がっかりしてしまう。

音楽を聴くことが苦手だ。

BadCats Weeklyには気鋭の音楽ライターである満島エリオ氏も寄稿をしていて、私はエリオ氏の個人的な文章のファンなのでエッセイやレビューをチェックしている。だから、「音楽を聴くことが苦手だ」なんていう文章をしたためることに、ちょっとした罪悪感と後ろめたさがあるのだけれど。世界の片隅で、難儀な性格と性質でもって息をしている物書きの戯言だと思って笑ってほしい。私は、音楽を聴くことが苦手なのだ。

聴覚にうったえる情報に気を取られてしまいがちで、音楽を聴きながら作業をすることができない。新しい音の列を聴くとそわそわと落ち着かない気持ちになる。それが例えば、居酒屋だとかバーだとか、とにかく他のささやかな音と一緒に音楽がもみくちゃになっている場所ならばいいのだけれど、自宅や作業場で知らない音が鳴ることがとにかく苦手なのだ。

たまに気まぐれに作業用BGMをかけてみることがあるけれど、音楽というよりも雑音として脳が処理をしてしまっているのか、いつしか再生が途切れてしまっても全く気づかずに作業を続けてしまう。音楽を楽しむという才能が、あまりにもない。最新のヒットソングと蝉の鳴き声や川のせせらぎに、私は今も違いを見出せないでいる。(そういう人、私以外にもいるんじゃないかと思うのだけれど。いてほしいな。)

知っている曲は何回も何百回も繰り返して聴いてしまう。次にどんな音が聞こえるのかが分かっているから、安心できる。読書をするときには、もう何百回と再生したボカロ曲や昭和の歌謡曲をリピート再生している。新しい曲を聴くよりも、クラシックのコンサートに出かける方が好きだ。知ってる曲を、知ってる通りの演奏で、しかも生音で聴けていい。心、安らかなり。

新しい音を聴くのが苦手、同じ曲は飽きずにずっと聴き続けてしまう……そう考えると、私はイヤフォンで音楽を聴いているのではなくて「お気に入りの音がする耳栓で耳を塞いでいる」のかもしれない。音楽を聴く才能が、本当に、ない。

意識が音に持っていかれてしまうのが落ち着かない。
聴き慣れない音を聴くと、なんとなく不安になる。
知らない音で、私の頭の中を引っ掻き回さないでほしい。
ライブでもCD収録とまったく同じ演奏をしてほしい。
シャッフル再生機能をつけないでほしい。
知らない音が急に聞こえてくるのは、本当にソワソワした気持ちになるから。

まぁ、こんなだから、音楽を聴く習慣そのものがまったくなくて。

音楽というのはどんな人が楽しむのだろうと、大学のときにバンドサークルに潜入したことがある。どうやら、バンドとして音楽を奏でることだけではなく、新しい音楽を聴くことも彼らにとってはエキサイティングな体験らしかった。みんな目をキラキラさせていた。なるほど、知らない世界というのはあるものだ。私の知らない音を聴いている彼らはとても眩しくて、私は少し寂しくなった。

音楽をたのしむ、というのも1つの才能なのだと思う。心底、思う。

音楽をたのしむ人を見るときに、私はいつもぽっかりと胸に穴が空いていることに気づく。音楽を楽しめないことはコンプレックスで、いつか好きなバンドの新譜の話をしてみたいし、アルバムのどこがカッコいいとか、エモいとか、そんな文章を書いてみたい。そんな気持ちだけがずっとあって、私のiPhoneに肝心の音楽はずっと入っていなかった。

「iPhoneで音楽流せるから、どうぞ」

という言葉で、世界には音楽というものがあると思い出した。帰宅してから、おそるおそるiPhoneのMusicアプリを開く。知っている曲と、知らない曲とを、いくつかダウンロードした。満島エリオ氏が熱烈なレビューを寄せていたヨルシカというバンドはどんな音を奏でるのだろう。知らない音。私の苦手な、知らない音楽。けれど、もしかしたら何百回も聴くお気に入りになるかもしれないと、そんな期待をして鞄に入れっぱなしにしているイヤフォンを探した。

イヤフォンは結局見つからなくて、ダウンロードした曲はまだ聴いていない。でも、次にドライブに行くときには、何か音楽を流せればいいなと思う。そのほうが気分がいいかもしれないし。いつか、いつかは。そんな思いを抱えて、今日も音のない世界で音楽に憧れている。

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画像:Maria Seasonさんによる写真ACからの写真

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この記事を書いた人

蛙田アメコのアバター 蛙田アメコ ライトノベル作家

小説書きです。蛙が好き。落語も好き。食べることや映画も好き。最新ラノベ『突然パパになった最強ドラゴンの子育て日記〜かわいい娘、ほのぼのと人間界最強に育つ~』3巻まで発売中。既刊作のコミカライズ海外版も多数あり。アプリ『千銃士:Rhodoknight』メインシナリオ担当。個人リンク:  小説家になろう/Twitter/pixivFANBOX