【映画レビュー】『ザ・プロム』〜今を生きる人すべてを祝福する~

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(by 安藤エヌ

年が明け、世界中で未曾有の危機を招いたコロナウイルスはまだなお猛威をふるい、年始から緊急事態宣言が発令されるに至った今日。映画における発信の仕方も以前とは違う様相を示し始めており、大手を始めとした映画配給会社が「ネット配信のみで映画を公開する」というスタンスを取り始めた。

今回、筆を執る映画『ザ・プロム』も、まさにこの形で人々の目に触れることとなった作品だ。大手配信サイトNetflixが配信した本作は、限られた一部劇場での上映はしているものの、やはり多くの人はスマホやPCなどのデバイス上で観ることを選択したのではないだろうかと思う。そんな中、私はどうしても本作を劇場で観たいと切望し、先日劇場に足を運んで鑑賞した。結果、次の日にNetflixでもう一度観るに至るほどには心に刺さるものがあった。

ミュージカル映画の魅力とは「生きる歓びを体現する」にあると思っているので、高らかな歌声や心臓の鼓動に似たビートを大音量で聴けたという鑑賞体験が、年始から調子が上がらず落ち込みがちだった私の心を元気づけてくれた。

むろん、本作の魅力は「ミュージカル映画の特性」だけにとどまらない。本作はジャンルでいうと「LGBTQ映画」、つまり「LGBTQ当事者が登場する映画」だ。以前のエッセイでも書いたように、私は積極的にこのジャンルの映画を観る傾向にあるので、今回もどんな風に”彼ら”を、”世界”を描くのかというところに注目して観た。そして、ひとつのメッセージを見つけたのである。

主人公・エマはレズビアンで、ガールフレンドのアリッサと学校のプロムに出ることを夢見ていた。しかしPTAに阻止され、明らかな偏見のまなざしと差別を受ける。そこに落ち目のミュージカル俳優たちが慈善活動と銘打ってエマの立場を支えようとやって来る。最初は売名目的であり、自分たちの名誉を取り戻すためにやっていたことだったが、次第にエマの抱くアリッサへの愛が何物にも代えがたく真摯であることを知っていき、彼女が本当に願っていることの実現のために、建前や理由付けのない愛で向き合っていく。

――そんなストーリーで観客が感じる本作の大きなメッセージとは、「LGBTQの当事者たちは世間から注目を浴びて、トピックスになったり特別視されたいわけではなく、ただ普通の世界で普通に生きることこそが常になってほしいと願っている」ということだ。

劇中歌「Dance with you」では、こんな歌詞が登場する。

「暴動は起こしたくない
先駆者になる気もない
シンボルにはなりたくない
教訓になるのもイヤ

ただ あなたと踊りたい」

道徳的価値観のもとに置かれるLGBTQとは違う、「ひとりの人間として普通に生きたいだけ」という切実な願いが歌われた曲は、序盤はバラードで、終盤にはアッパー・チューンとして歌われる。静かに胸を打つシーンから祝福のダンスへと変わるラストには、次々と意欲作を発信するNetflixが今という時代に打ち出した、LGBTQに対し改めて向き合う時間と気づきへの機会が込められている。

本作にはカムアウト(自分のセクシュアリティを告白すること)においても物語が用意されており、特にセレブたちのひとりであるバリーという男性キャラクターの映画における文脈は非常にエモーショナルで、私は彼に大いに感情移入して観ることができた。

彼はゲイであることを母親に打ち明けて以降、彼女との関係が拗れてしまったことと、少年時代にプロムへ参加できなかったことを長年悔いていた。しかしそんな彼の歩んできた物語も、エマや他のセレブたちと同じようにひとつの終着点を迎える。

『ザ・プロム』というタイトル通り、エマの物語も、そしてセレブたちの物語も最後は華やかなプロムという場所に帰結していく。しかしそんな明るいシーンに辿り着くまでのドラマ、それぞれの苦悩や葛藤までを含めて、この映画は成り立っている。

この世界に生きる全ての人を祝福する。どんな愛も等しく素晴らしい――ひとくちに言っても、映画のようには上手くいかないし、ハッピーエンドで締めくくるには私たちの生きる世界は複雑すぎると思いながらも、「誰もが自分らしくいられる」「自分を解放できる」世界としてのプロムを描き出した本作のように、祝福を、愛を、なんの見返りも求めず与え合える世界になってほしい、と願わざるをえない。

全ての人を祝福できれば、世界はもっと良くなる。

プロムというひとつの空間が、人が踊り、笑い、抱き合う場所が、そう私に教えてくれた。

エンドロールに入る瞬間の、紙吹雪が舞い散る画面の美しさが忘れられない。鮮やかで、力強く、優しい光景。

『ザ・プロム』は、今を生きる私の人生を祝福してくれた。私も誰かを心から愛し、全身全霊で祝福したい――そんな風に思う、新たな年の幕開けだった。

++++
(c) Netflix
『ザ・プロム』映画.comページ

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この記事を書いた人

安藤エヌのアバター 安藤エヌ カルチャーライター

日芸文芸学科卒のカルチャーライター。現在は主に映画のレビューやコラム、エッセイを執筆。推している洋画俳優の魅力を綴った『スクリーンで君が観たい』を連載中。
写真/映画/音楽/漫画/文芸