(by こばやしななこ

「最も個人的なことが、最もクリエイティブなこと」

『パラサイト』でアカデミー監督賞を受賞したポン・ジュノ監督は、スピーチでマーティン・スコセッシ監督のこの言葉を紹介した。

個人的なことを描いた映画の傑作は数あれど、私が真っ先に思い浮かべるのは『ロスト・イン・トランスレーション』だ。

日本でいまいちウケなかった印象が強いが、私にとっては何十回と観たオール・タイム・ベストである。『ロスト・イン・トランスレーション』がどんな映画なのか、この作品を愛する者なりに書いていきたい。

物語の元になったソフィアの体験

大学を卒業してモラトリアム延長中のシャーロットは、若い人妻だ。カメラマンの夫の仕事に付き添い、日本に滞在している。夫が九州に行く間、シャーロットはひとり東京のホテルに残されることになり、孤独と時差ぼけで眠れない夜をやり過ごしていた。同じくホテルに滞在している初老のスター俳優ボブ・ハリスも、眠れない夜を過ごしていた。シャーロットとボブはホテルで出会い、東京の街で心を通わせていく。

『ロスト・イン・トランスレーション』は監督であるソフィア・コッポラの自伝的な映画だ。主役のシャーロットはソフィア自身である。

ソフィアの父、フランシス・フォード・コッポラは、生きている映画監督の中で最も神に近い巨匠だ。父が神なもんで、ソフィアが付き合う人間もタレント揃い。まだ何者でもなかったはずの若いソフィアは、映像監督として時代の先端を走っていたスパイク・ジョーンズと結婚した。

スパイク・ジョーンズは『ジャッカス』という、男どもが牡牛に追いかけられながらシーソーをしたり、カエルを尻の穴に入れたりする、過激派ユーチューバーも真っ青の「やってみた」系テレビシリーズの総監督をしていた。『ロスト・イン・トランスレーション』は、『ジャッカス』の撮影のため来日したスパイクに同伴し日本に滞在したソフィアの実体験が元になっている。夫が寿司屋でわさびを鼻から吸引して大騒ぎする男たちの撮影をしている間、知的なソフィアが異国のホテルでどんな気持ちでひとりぼっちでいたか……想像するだけで泣ける。

父を彷彿とさせるボブの存在

ボブはウィスキーのCM出演のために来日した設定だが、かつてソフィアの父もウィスキーのCM出演で日本に来ている。ソフィア自身を彷彿させるキャラクターが登場する『SOMEWHERE』と『オン・ザ・ロック』は、どちらも父と娘の物語だ。

しばしば『ロスト・イン・トランスレーション 』はラブストーリーに分類されるが、ボブが父親的な存在であるのは間違いないだろう。愛は愛でも、性的な欲求を匂わせない純粋な心の交流を描いているのである。

ボブは人生に悩めるシャーロットをそっと導く。軽い物書きをしているけれど、将来が見えないシャーロットにボブは言う。「Keep Writing(書き続けろ)」と。

もの書いて生きていけたらなぁと思いながらほぼ無職で過ごした25〜27歳の私に、この言葉がどれほど励みになったことか。

映画に登場するソフィアの友だち

登場するソフィアの友だちたちは、90~00年代始めの東京の“カルチャー”の空気感を作品に与えている。

主人公の東京の友だち役・チャーリーとして登場するのは、『DUNE』というかっこいい雑誌を作っていた林文浩(はやしふみひろ)氏だ。チャーリー・ブラウンに顔が似ていることからついたあだ名がチャーリー。若い頃はパンク・ロッカーを目指していたらしい。映画にはカラオケ店で彼がセックス・ピストルズを歌うシーンがあるが、これはそのまま本人の十八番だ。林氏の書いた本『外道伝』にはアメリカ旅行中に虫歯が痛みだし、ソフィアに歯医者を紹介してもらった話も出てくる。彼は2011年に46才で亡くなっている。

ソフィアの友だちである写真家のHIROMIXも、シャーロットの友だちとして登場する。エンドロールの最後に映し出される女性は、彼女である。ソフィアとHIROMIXの関係を知らない人はこの1カットに困惑するかもしれないが、ソフィアが東京で過ごした記憶の中に、一緒に遊んだHIROMIXの姿があるということなのだろう。

夫に置き去りにされたソフィアの孤独な東京に共鳴しながら観ていると、映画の後半では友だちと過ごした青春の東京を、シャーロットとボブが手を取り合って駆け抜けていく。孤独だろうが青春してようが、東京の夜はあまりに美しいと気づかされる。

ロスト・イン・トランスレーションの意味

映画のタイトルは、「翻訳の中で失われるもの」を示す言葉だ。単純に考えれば、日本語から英語、英語から日本語に翻訳した時に失われる意味を示しているように思える。実際、仕事中のボブが、日本人スタッフの大量の指示を通訳からは一言しか伝えられず「それだけ?もっと言ってる気がするけど?」と困惑するシーンが出てくる。

しかし、タイトルの言葉が示す本質的な意味は「感情から言葉にする時に失われるもの」ということだろう。

ラストで、ボブがシャーロットの耳元で「なにか」を伝える感動的な瞬間がある。彼が彼女になにを伝えたのかは、映画で明かされない。

すべての感情や概念は、そのまま言葉にすることができない。言葉にする時、微妙なニュアンスは抜け落ちてしまう。でもこの映画のラストには、なにも削ぎ落とすことない感情そのもの・空気そのものが映っているからセリフは必要ないのだ。

『ロスト・イン・トランスレーション』には私が知っている、でも言葉にできない「あの夜のあの気持ち」が映っている。ソフィアの極めてパーソナルな映画は、私の極めてパーソナルな感情にダイレクトにリンクしてくる。

++++
(C)2003, Focus Features all rights reserved
『ロスト・イン・トランスレーション』映画.comページ

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でBadCats Weeklyをフォローしよう!