【エッセイ】「やさしい世界」について

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(by 冬日さつき

わたしはやさしい世界がすきだ、とよく話してきた。でも、実際「やさしい世界」というのは、どういうものなのだろうか。というか、そんなものは在りうるのだろうか。そもそも、やさしいというのは、どういう意味? みんなが笑っていて、争いのない世界? それでいて抑圧や怒りが存在しないこと? よく考えてみると、私の求めるその世界は、「だれにとってもやさしい世界」ということではなく、単純に「わたしが傷つかない世界」なのだろう。

心の平穏のためにやさしい世界を求めるとき、わたしは世の中にあふれる攻撃的なもの、暴力的なものを見ないふりをする。臭い物に蓋をするように、それなしでは存在できないであろう「ありのままの世界」を、なかったことにする。

ここでいう攻撃的なもの、暴力的なものというのは、戦争とか、暴動とか、そういうもののことではない。日々の暮らしで何気なく目にする「ほとんど悪意のない」もののことたちだ。たとえば、テレビを通して見るシーンだとか。

印象に残っているテレビ番組の一コマがある。和の心を学ぶというロケで、たんぽぽの川村エミコさんが空手に挑戦していたときのこと。その場にいたお笑い芸人やタレントたちは彼女に対して何度も厳しい言葉をなげかけていた。そのあと、滝沢カレンさんが同じことをしたとき、彼らの態度は一変して「よかったよ」「素晴らしい」と応援する。バラエティーでほんとうによくあるシーンだ。テレビに出ている人であれば多くがこういう状況をテレビ的に「おいしい」とおもうのかもしれない。だけれど、それを見ていた川村さんは突然泣き始めてしまった。「わたしも可愛く生まれたかった」と。

「みんな態度が全然ちがう」と涙する川村さんにその場は「何で泣くんだよ」と総ツッコミで終わったのだけれど、こういうときにすぐわたしは、「持たない(とされている)ほう」にあまりにも共感して、どこまでも悲しくなってしまう。そうしてそこから逃げ出して、じぶんにとっての「やさしい世界」を探し、またそこへとこもっていく。

去年のM-1で、ぺこぱの「否定しない漫才」というのが脚光を浴びた。お笑いというのは人びとの暮らしによくも悪くも深く浸透していく文化だとわたしはおもう。その文化は知らず知らずのうちにそれぞれの考え方にも影響していく。子どもたちは面白いとおもえば真似をするだろう。

コロナウイルスの影響で多くの芸人がYouTubeの配信を始めた。そういう状況でわたしが見るようになったのは、アンジャッシュの児嶋さんのチャンネルだった。人に対する言葉の選び方や、いろんなことを純粋な興味を持って楽しんでいるところ。出てくる人たちもみんな児嶋さんを前にリラックスしているようにも見える。そういうわけか、コメント欄もどこかやさしい。テレビとはまた違う部分が、たくさん見られるようになった気がした。

今までバラエティー番組の中で求められた役割を演じていた人たちが、YouTubeで「じぶんのやりたいこと」もやるようになったのかもしれない。もちろんその中には児嶋さんのような動画を作る人も、コンプライアンスを気にしないでいいとテレビより過激なものを作る人もいる。もちろん視聴者には前者が好きな人も、後者を好む人もいる。それでも、テレビのように影響力のある、視聴率の高い番組の中でそれらがまぜこぜになっているより、YouTubeという選択肢が増え、より細かく分散されたというのは意味のあることだろう。

最近では「見たくないものを見ない」ということが以前より難しくなってきている。人のいいねやリツイート、コンプレックスを刺激するような広告、だれかの差別的な発言。何かに傷ついたとき、「繊細すぎる」と受け手側の問題になることも少なくない。「そんなの気にしなきゃいいのに」の一言で片づけられることもある。

たしかにある程度のことを吸収する緩衝材みたいなものをじぶんの中に持つことは、これらのストレスを軽減してくれるに違いない。いろんなことを勉強し、じぶんが見ているものが「ある一面」にすぎないことを意識する。

それでも、精神的な強さを得る努力とはまたべつに、わたしはこれからも「やさしい世界」を探し、評価するだろう。「わたしが傷つかない世界」は誰かにとってもやさしくあるのかもしれない。そんなふうに言いながらも、わたしはただじぶんが傷つきたくない、というだけなのだけれど。

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(イラスト by kotaro

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この記事を書いた人

校閲者、物書き。

新聞社やウェブメディアなどでの校閲の経験を経て、2020年フリーに。小説やエッセイ、ビジネス書、翻訳文など、校閲者として幅広い分野に携わる。「灰かぶり少女のまま」をはじめとした日記やエッセイ、紀行文、短編小説などを電子書籍やウェブメディアで配信中。趣味のひとつは夢を見ること。

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