(by とら猫

最近ひそかに疑っていることがある。

締め切りは生きているのではないか、ということだ。

だってそうだろう。それまであんなに遠くに、地理的にはハワイあたりにあった締め切りが気がつくと大島沖まで迫っていて、あれよあれよという間にみなとみらいに上陸してゴジラのごとく暴れ回って、こちらは髪を振り乱し髭を伸ばし鼻を垂らし時に叫び喚き泣きながら、ほうほうの体で仕事を納品する羽目になるのだ。

しかもほぼ毎回である。

これはおかしい。どう考えても。あんなにがむしゃらに働いているのに。

締め切りが生きていると思わせる節は、他にもけっこうある。例えばパソコンの前に座っていたら、いつのまにか数時間が経っていたり。決して「思わず二度見してしまう画像集」や「世界の恐ろしい橋百選」や「日本の酷道ツーリング動画」などをぼんやり眺めていたからではない。現にモニターにはエクセルファイルがしっかりと開かれており、なら仕事をしていたに決まっている。

そう考えると自分に落ち度があるとは思えない。だからそう、生きているんだ。締め切りが。私が締め切りのほうへ近づいているのではなく、締め切りが私のほうへ近づいているのだ。

たぶんそれはジョン・カーペンター版『遊星からの物体X』に出てきたタカアシガニのような生命体で、逆さになったスティーブ・ブシェミの顔がついている。サイズはきっと指先くらい。そいつがパソコンの裏からカカカと駆け寄ってきて、こちらの時間を食ってしまうのだ。虎の子の一時間を。それで知らないうちに時間が消えてなくなっている。

筋はとおる。やはり生きているのだ。締め切りは。
そこで締め切りの動向を探ってみることにした。

そもそも締め切りというやつ、存在は、「いついつまでにこういう作業を終わらせてください」という依頼を受けた時に生まれる。仕事であれば何らかの案件を引き受けた時だ。もっとも、そうした時点での締め切りは実に穏やかなもので、赤子のようにすやすやと、おそらくパソコンの背後とかで眠っていて、こちらの目にはつかない。特に害も及ぼさず、むしろ案件に取り組むモチベーションを与えてくれる。可愛いやつに思える。

ところがそんなに良い子だった締め切りが、ある時点を過ぎると突如として、産みの親である私に牙を剥いて狂ったように襲いかかってくるのだ。

すなわちこの「ある時点」にならないと、締め切りはその正体を現さない。それまではどこかでじっと息を潜めている。ですからまずはその「ある時点」に当たりをつけ、パソコンの前でじっと見張っていれば、締め切りが凶暴化するその瞬間を押さえられるはずである。

締め切りが生きているという動かぬ証拠を掴めるわけだ。

締め切りのこうした特性は、ある種の潜伏性のウイルスを彷彿とさせる。案件が発生すると同時に、私の体はもう締め切りに侵されていて、ただそこには潜伏期間みたいなものがあるので、自覚症状はまったくない。それまでと変わりなく日常を送れる。

ところが締め切りのほうは体の中でせっせと爪を研ぎ、エイリアンのように腹を食い破って破壊のかぎりを尽くす瞬間を待っている。恐ろしいやつだ。締め切り。

となると単なる概念であって肉体を持たない締め切りがなぜ、実体化してしまうのかという謎が残るが、そこはぼくたちの人生の師である映画の中にヒントが隠されている。『クリスティーン』もそう。『ターミネーター』もそう。人間との付き合いが長いモノやマシンはやがて、自我に目覚めるものだ。私と締め切りとの付き合いもかれこれ15年になるので、おそらくそうした現象が生じたのではないか。映画はなんでも教えてくれる。

そういうわけで私は今、締め切りが正体をさらけだすその時を目撃し、決定的瞬間をカメラに収めるべく、パソコンの前でじっと息を殺して待っている。

あの憎たらしい締め切りをこの手でとらえ、ねじ伏せ、二度と悪さをしないようみっちり躾けてやりたい。立場をわからせてやりたい。誰に送り込まれたのか問いただしたい。

首を洗って待っていろ、締め切り。

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画像:サンサンさんによる写真ACからの写真

 

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